「おなかのコード」 (その6)



 彼は店を出ると省エネモードになってゆっくりと一定速度で通りを歩いた。そして歩きながら通信回路をネットワークに接続した。

 自分の充電器が壊れているなら誰かに借りて充電すればいいのだ。同じ時期に輸入されて同じ街に住んでいる同型機種のロボットにネットワークを介して通信を試みた。近所に住んでいる同じ機種は一台しかいない。彼から充電器を借りて充電しておくと新しい充電器が手に入るまでバッテリーが持つはずである。

 しかし呼び出しをするのだがなかなか繋がらない。数分間の後ようやく繋がったが電波状況が非常に悪く用件が伝わるのに時間がかかる。途切れ途切れに帰ってくる彼からの返事によると、今はロケットに乗って大気圏を離れる途中だというのだ。

 火星での資源開発現場で突発的な事故が発生し、数名の人間がシェルターに閉じ込められた。ロボットに地球から指令を送り必要に応じて遠隔操作をするのでわざわざ人間が火星まで行かなくてもいいはずである。しかしなぜそこに人間がいたのか。それは資源開発会社の暇な役員が現地視察という名目で火星まで行ってみたかっただけのことであった。

 迷惑な人間達の救出には現地にいるロボットだけでは足りず、彼を含めた数百台のロボットが急遽招集された。今の火星の位置では往復だけでも最低三週間は必要であるため現地での作業を含めるとそれ以上の時間がかかるであろう。危険な現場なのでそのまま帰ってこられないかもしれない。

 彼との通信はそれで終わった。

 バッテリーの残量が少ないためこれ以上活動はできない。自分の格納庫に帰った時ネットワークから連絡が入った。次の仕事の要請である。彼は充電器の故障により出動ができないとネットワークに返信した。

 電圧不足により彼の目に映る画像が時々途切れ始めた。彼は残っている電気を使いギクシャクと動いて自分の部屋のブレーカーを落とし、不意に倒れても壊れないように膝を抱えた状態でうずくまった。

 そして彼は完全に停止した。

 数週間後、彼は家賃の振込みがないので様子を見に来た大家さんに発見された。家賃を払わないで部屋を占拠している不動の野良ロボットなどただの鉄屑である。持ち主がいるのなら勝手に処分はできないが彼の場合は勝手に廃棄しても文句を言う人間はいない。今までの激しい環境下での労働により外観には焼け焦げたような後やぶつけた傷があり、動かないロボットはすでに壊れていると勘違いされた。

 大家さんは部屋の中でうずくまって止まっているロボットを見て何の躊躇もなく部屋を片付けはじめた。アパートで人間が死んでいるのなら大事件なのだが、故障したロボットはそれを処分すればいいだけのことだ。それにネットワークに連絡すればすぐに次の入居者を探してくれるはずである。

 彼は台車に乗せられ部屋の外の廊下に出された。彼の備品は彼のそばに無造作に置かれた。ガラクタ同然の扱いだ。廊下の手すりから見える通りでは今日もロボットや人間が慌しく動き回っている。

 季節は冬。寒さに関係ないロボットに比べて人間は厚着で通りを歩いている。

 何かを思い出した大家さんはロボットと備品をとりあえずそのまま放置して自分の家に帰ってしまった。取り残された彼の頭上を雪混じりの寒風が吹いている。製造されて十年、遠い異国の地から船に乗ってやってきた。製造当時は最新型だったのに今では型おくれのポンコツである。一度は捨てられたのではあるが今まで壊れずに動いてきた。ロボットに天寿というものがあるとすれば彼にとってはそれが今なのかもしれない。西の空に日が傾いて辺りは薄暗くなっていった。
(2008.04.12)

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  © 2008 田中スコップ 路上のゴム手
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