「おなかのコード」 (最終話)


 それからすっかり日が暮れ、彼は暗い廊下でうっすらと頭に雪をかぶってうずくまっている。時折ここに住むほかのロボットが何事も無いように廊下を通り過ぎてゆく。大家さんは彼のことを忘れているのだろうか。夜も遅く人間には寒さがこたえるため不要ロボットの処分は後まわしにしたのであろう。

 不意にガチャガチャというかなりガタがきている足音が近づいてきた。それは彼にそっくりのロボットだが肩の部分に付いている金属製識別タグの番号が違う。そのロボットも激しい環境下で働いてきたようであちこちが焦げたりへこんだりしている。

 数週間前に彼が充電器を借りようと連絡を取ったロボットが地球に戻ってきたのだ。壊れて火星に放置されたロボットがたくさんいたのだが彼は奇跡的に動ける状態で帰ってきた。

 彼が腕を動かすと金属同士が擦れあう「キー」という不快な音が発生する。そんな腕を動かして台車に載せられて止まったままのロボットを廊下に置いた。そして仰向けに寝かせてお腹のカバーを開き中のコードを引っ張り出した。

 彼は寝ているロボットの横に正座し、充電器を介して自分のコードと動かないロボットのコードを接続して充電を始めた。

 充電を開始して約一分後、通信回路が復旧した。通信はできるがモーターや油圧の回路はまだ動かすことができない。ロボットは寝転んだままネットワークと通信を始めた。

 一ヶ月以上連絡が途切れると自動的にネットワークの登録が抹消となるのだが最後の充電器故障報告からギリギリで一ヶ月経過していなかったためまだ抹消されてはいなかった。あやうく彼の預金がすべてネットワーク天下り役員の高額退職金の一部になるところだった。家賃の支払期日を過ぎていたためネットワークの銀行から格納庫の家賃を振り込もうとしたがすでに住居の契約は解除されていた。

 このままでは住む場所がない。自分の横に置かれているメンテナンス用の工具やオイルの置き場所も必要である。すぐにネットワークに登録されている空き格納庫で今自分がいる場所から最も近い格納庫を検索した。

 ネットワーク経由の賃貸契約は政府機関であるネットワークが保証をするので信用があり、登録ロボットはオンライン上で契約を済ませることができる。するとついさっき契約が解除になったばかりの賃貸格納庫が見つかりさっそく契約手続きをした。

 充電を始めて約三十分。彼は充電器に接続したコードを抜きゆっくりと起き上がった。そしてしばらく動かしていない手や足をゆっくりと動かして動作チェックを行い体に異常がないことを確認した。

 三十分の充電で一日半ぐらいは動く事ができるであろう。

 同型機種のロボットは充電器をおなかにしまってまたガチャガチャと音を立てながら帰っていった。火星で何があったのか知る由もないが彼の体は壊れかけている。かなりの大修理が必要だがその修理代に見合うだけの労働はもうできないかもしれない。

 起き上がったロボットは先ほど契約を済ませた格納庫に向かった。

 向かった先は結局歩いて数歩の数時間前まで住んでいた元の格納庫であった。大家さんは入金のないロボットとの契約を解除してすぐにネットワークに入居者の募集をしていたのだ。新しいパスワードを入力して部屋に入り外の荷物を運び込んだ。

 それから彼は部屋を出て電気屋に向かった。

 時間はすでに夜中である。コタツでうたた寝をしていた電気屋は店内に入ってきたロボットに気づくと眠い目をこすりながら奥から出てきた。作業台の隅に未開封のバッテリーと充電器の箱が置いてある。

「あんたもう来ないのかと思ったよ。こんな滅多に出ない部品が店にあっても邪魔だからさ。このまま不良在庫になっちゃうんじゃないかと心配してたんだけどね……。ま、ロボットに愚痴言ってもしょうがないか」

 電気屋は慣れた手つきでロボットのカバーを開けバッテリーを交換した。

「まいどあり」

 と電気屋は去っていくロボットを見送りながら小さな声で呟き、頭を掻いて雪のようなフケを落としながら奥のコタツにもぐりこんだ。

 ロボットは自分の格納庫に帰る道すがらネットワークに修理完了の報告をした。そして格納庫に着く前にはもう次の仕事の指令が届いた。働く人間が減少した分だけ労働力不足となり、人間の欠員ができた職場にはどんどんロボットが補充されている。動けるロボットにはいくらでも仕事が来るのだ。

 二度もスクラップになるところを免れたロボットは今、黙々とピザを焼いている。
(2008.05.04)

 <完>

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  © 2008 田中スコップ 路上のゴム手
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