「おなかのコード」 (その5)


 部屋を出たロボットは通りを歩いて一軒の電気屋に向かった。

 看板には電気店と書かれているがロボットのメンテナンス用品を主に扱っている店である。彼はそこで古くなったバッテリーを交換し壊れた充電器を修理するつもりである。

 店の前にはアルバイト募集と油性のマジックインキで書かれた張り紙が貼ってある。忙しいのであろうか。しかし店の中に客は一人もいなかった。店員らしき一人の中年男が店の奥で作業台にロボットの腕を置き、パソコンのキーボードから指令を打ち込んでいた。男が何か操作をするたびにその腕がピクピクと動いた。

 男の髪はボサボサで顔には無精髭が生えている。店にこもりっきりで運動不足なのであろうか、体にはたっぷりと脂肪がついている。その店はネットワークの登録店舗になっていて人間よりロボット相手の商売が多い。そのため身だしなみを気にする必要がなく何日も風呂に入っていないようである。

 ロボットは眠らないので昼夜関係なく客が来る。一人で店番をするには少々過酷な仕事だ。ロボット部品は普通の家電製品よりは高価であるため一件当たりの客単価が高く店は暇でも開けておかなければ少ない客を逃がしてしまう。このままでは店員は体がもたないため交代要員としてアルバイト募集の張り紙をしているのであろう。

 しかしロボットの組み立てと調整には専門的な技術を要する。しかも悪用防止のため国家資格者でないとロボットの取り扱いが禁止されている。そのためアルバイトの募集をしても条件を満たす人間がなかなかいないのだ。それに人類がロボットの労働によって支えられているこの社会では安月給のアルバイトであくせく働くよりも生活保護をもらって気ままに生活するほうが楽である。

 半開きになった開き戸の向こうに見える奥の座敷にはコタツがあり、天板には食べ終わったカップラーメンの器やパンの袋が放置されている。

 店内にはプラスチックの箱に入れられたロボットの部品が積み重なって並べられている。そして余った空間を埋めるように大量のロボットの手や足が天井からぶら下がっている。地震でも起きたら大変な事になりそうだ。店員はどこになにがあるのかわかっているのだろうか。店員がコタツで仮眠をとっているときに部品を万引きされてもなにが盗られたのかわからないのではないだろうか。

 店員は店内に入ってきたロボットに気づいて作業の手を止めた。そしてうずたかく積み上げられた部品の間にできた狭い通路からロボットを見た。

 彼はその通路をゆっくりと歩いて近づいてきたロボットに向かって低い声で

「いらっしゃい」

 と無愛想につぶやき、視線をすぐにパソコンのディスプレイに戻した。

 ロボットは人間と違い、掛売りにしたり値切ったりしないのである意味いいお客さんである。ただロボットが人間の言い値で部品を買うかというとそうでもない。ネットワークに登録しているロボットは常にネットワークから情報を得ることができる。部品の相場もそこから知る事ができるのであまり高い値段をつけて売ろうとする業者はすぐにブラックリストに載ってしまうのだ。

 店員はロボットが差し出した充電器の外観をしばらくの間見ていた。彼は充電器のカバーが少しへこんで隙間ができているに気づき、作業台においてあるドライバーを手に取った。そして慣れた手つきででネジをはずしてカバーを開け、テスターを使って導通を調べた。

「こりゃもう使いもんにならねえな。ショートしてる。隙間から水でも入ったんじゃないの? この充電器は古いから修理するより新しいのを買ったほうがいいよ。それにこれは国産じゃないからここには部品の在庫がないしね。これから取り寄せたら二、三日かかるよ。バッテリーも古いみたいだからいっそのことバッテリーごと国産に換えちゃえば?」

 彼が融通の利く人間だったら躊躇せずにメーカーを問わずすぐに手に入る国産のバッテリーと充電器に交換するであろう。しかし彼には純正部品以外のバッテリーを装着するという選択肢がなかった。彼は店に来るまでの間にメーカーからの情報を検索し自分に合う数種類のバッテリーの中で費用に合ったものをすでに決めていたのだ。

 ロボットはあと一時間ほどで停止するにもかかわらず到着までに数日かかるバッテリーと充電器を注文して店を出た。
(2008.03.31)

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  © 2008 田中スコップ 路上のゴム手
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