「黙祷」 (その5)


 目を瞑っていると色々なことが頭をよぎる。そして頭の中は急に現実に引き戻され、冷静になった自分が頭の上から自分自身を見下ろしている。

 平日の昼間だというのに家業の鉄工所をほったらかしにして自分はいったいこんなところで何をやっているのだろう。私がいない間に急な見積もり依頼が来ていたらどうしようか。このご時世、対応が遅い業者は真っ先に切られてしまう。そうでなくともうちのような技術力のない零細企業は年々売り上げが落ちているというのに。

 どうせこんな全国大会に出ても主催者側の人集めに利用されているだけなので得るものなど何も無い。旅行に来て散財して帰るだけだ。そもそもこの会に入って得をしたっていう記憶はない。

 地元では商工業のイベントがあるたびに商工青年団が駆り出されてこきつかわれる。イベントの日はテントの設営に始まり自分の商売とは全く関係ないものを売って会場の片付けをしてクタクタに疲れて帰るのだ。地元の年寄り連中は我々が手伝うのが当然であるかのように思っている。

 保守的な諸先輩方は自分達が通ってきた道だからといって若者にも同じ事をさせようとしているが今と昔とでは時代が違う。近くの大規模店舗がなかった頃は商店街はたしかに賑わっていた。競争相手がいなかったおかげで地元商店は値引きもせず殿様商売を平気で行い潤っていたのだ。

 しかしすっかり客足が途絶えた街に活気のあるイベントなど行う余裕などないはずである。いつ中止にしても一向に困らない年中行事をこなしているだけなのだ。

 地域の活性化だのなんだのと理由はつくのかもしれないが実際のところそんなイベントに参加しても収入につながったことはほとんどない。せいぜい弁当とお茶が支給されるぐらいのものだ。

 そして選挙の時には我々自営業の若者が人件費不要の労働力として召集される。勤め人と違って我々はある程度は自分の都合で時間を自由に使える立場ではある。選挙にために時間を作ることができなくもないため、候補者から手伝うように頼まれても断りにくいのだ。

 また小さな町なので近所の人間がよってたかってやっていることには自分も参加しないと孤立してしまうのではないかという強迫観念を抱いてしまう。そして協力しておけば何かいいことがあるのではないかと思うのだが、選挙が終わって候補者が当選しても大抵はそれっきり何もない。

 また商工青年団のほとんどのメンバーは他にも消防自警団などの複数組織に加入していてほとんどの休みが地元の行事でつぶれてしまう事が多い。そのため本業の仕事が暇でも休みがないため儲かっていなくても忙しそうに見える。

 自分は忙しい人間だと思うことで変に安心してしまい肝心の営業努力がおろそかになってくる。そして地元の行事があまりにたくさん続くと本業の仕事が面倒になりいつのまにか儲からない活動ばかりに精を出しているのだ。本末転倒である。

 最近、私の街の商店街ではシャッターを閉めている店舗が目立ってきた。店を開けていても近くにできた大規模店舗に客を奪われ店に客が来ている様子はない。みんなどうやって食っているのだろう。自分の家業を含めほとんどの個人営業の店は破綻しかけている。

 実際に近所の仲間でも経営に行き詰って廃業した者や行方をくらましている者がいるのだ。助けてやりたいのだが私も援助できるほどの金は持っていない。それにいくら援助しても全然人通りのない商店街で営業していては少々の金があったからといって焼け石に水である。そんな連中が片寄せあって仲間同士で営業をしあってもたかがしれている。

 ここに集まるほとんどの商工青年団のメンバーはスーツを着てこぎれいな格好をしているが実際は借金まみれで景気が良さそうに振舞っているだけの者がかなりいるのではないだろうか。私にも資金繰りのために銀行から借りた金がかなりある。

 さっさと鉄工所などたたんで自由になりたいのだがその借金が全然減らないためやめることもできずズルズルと泥沼に引きずり込まれているのだ。市議会議員の選挙にでも出て議員報酬をもらうかな。でも口下手で友達の少ない私が当選できるわけはない。

 脹らむ借金に減る仕事。こんなところで目を瞑って何もしていない自分。早く家に帰って仕事をしなきゃ。私は膝に乗せた手をグッと握った。

 今日の夜はやけくそで遊んで帰るしかないな。景気が悪いためやけになって暴飲暴食をするせいで腹の周りにはたっぷりと脂肪がついてきた。でもそんな事はどうだっていい。今日が楽しければ。

(2008.09.01)

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