「黙祷」 (その4)


 いつまで経っても大会が始まる気配がなく私は気になって腕時計を見た。すでに開会の時間を少し過ぎている。開会を目前にして席を立ってどこかに遊びに行くのももったいない気がするので今は黙って待っているしかないであろう。

 何もすることがないので舞台に並べてある来賓の椅子の数を数えていたら突然、司会の声が会場に響いた。

 「開会の時間となりましたが準備が遅れております。大変申し訳ございませんが今しばらくそのままでお待ちいただけますようお願いいたします。なお会場内では携帯電話の電源を切るかマナーモードにしていただけますようお願いいたします」

 案の定準備が遅れている。近くで誰かが貧乏ゆすりをしているのか、隣と接した膝から微妙に振動が伝わってくる。いったいいつになったら始まるのだろう。

 昨晩は今日の夜のためにネットで情報を検索していたのだが、結局アダルトサイトを長時間見てしまい寝るのが朝方になってしまった。今日が旅行で仕事をしなくてもよいと思うとついつい気が緩んでしまったのだ。座ってじっとしていると頭が朦朧として非常に眠い。早く大会が始まって欲しい。何か変化がないとこのまま眠ってしまいそうだ。

 私は眠気を払うために幾度となく目をこすり、指をポキポキと鳴らし、膝をつねった。隣の巨体と接触していることにも慣れて気にならなくなった頃、

「皆様ご静粛におねがいいたします」

 とアナウンスが流れた。

 ザワザワとしていた会場内が急に静まり返った。準備が整ったのか見切り発車をしたのかようやく大会が始まるようである。

 「大変長らくお待たせいたしました。これより第四五回商工青年団連絡会議所全国大会を開会いたします。会則第23条の一項に則り、開会に先立ちまして物故者の魂を悼み三十分間の黙祷を行います。皆様着席のままで結構でございます」

 司会がもったいぶったような間を数秒間空けた。

「それでは……黙……祷……」

 黙祷の始まりを告げる「カーン」という鐘の音が響き渡った。

 三十分はちょっと長すぎるのではないか。普通はせいぜい一分ぐらいだろう。会則を読んだ事はないがこの長い黙祷に何か意味があるのだろうか。いつも段取りが悪い運営委員の都合で準備が長引いた時のために最初から予備として時間をとっているのかもしれない。静かな会場では時折スタッフらしき人がヒソヒソと打ち合わせをしている声が聞こえている。

 会場内の誰もがこの黙祷の時間が妙に長い事がおかしいと思っているはずだがこの粛々たる行為の特殊性から現時点では文句を言いに席を立つ者はいないようだ。一万人もの出席者が黙って目を瞑っている。

 中に携帯電話の電源を切り忘れた者がいて「笑点」のテーマソングが不意に会場内に響き渡たった。が、曲の半ばでその音は途切れた。

 そういえば私も携帯電話のスイッチを切り忘れていた。私は携帯電話を上着のポケットから取り出していると、同時に会場のいたるところからゴソゴソという音が聞こえてくる。みんなあわてて携帯電話を取り出しスイッチを切っているのであろう。各個人が発する「ゴソゴソ、ピッ」という僅かな音でも大量の人間が同じ動作をすると会場全体が「ザワザワピピピピ」という音に包まれた。

 しばらくするとまた会場全体が静寂を取り戻した。しかし時折「ピ」という音が聞こえてくる。

(2008.08.16)

その3へもどる  つづく
作品topにもどる  
 © 2008 田中スコップ 路上のゴム手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送