「国道の車列」 (その4)


 後方がやけに静かになったと思い、後ろを見ると一台も自動車が並んでいないではないか。いつ車列が途切れるのかわからず徒に並んでいる必要はないと思ったのであろう。痺れを切らして最後尾の車から順次バックしてゆき、横道に迂回したのだ。

 そして後ろに並んでいた者は私のような者が列の先頭でなかなか国道に出られないのを見て、怒りを通り越して呆れたのかもしれない。しかし私でなくてもこのように交通量が多い国道に進入する事は不可能なのではないか。何かコツがあるのなら教えて欲しい。

 私もバックして迂回しようか。しかしすぐにでも目の前の車列が途切れないとも限らない。慎重に後進していくと却ってかなりの時間を浪費しそうだ。この期に及んでジタバタしても会議にはどっちみち遅刻にかわりはないので、ここは慌てず冷静に行動することが大切である。私はあと少し待ってみる事にした。しかしそれは一種の賭けともいえる。まるでパチンコ屋で数個の玉を残して数字が回転するのを見ている気分だ。

 待つと決めてから数秒後、私の読みは当たった。国道の車列がとぎれたのだ。

 私は自動車を発進させようとアクセルを踏もうとした。しかし次の瞬間に車の直前を携帯電話の画面を見ながら自転車に乗った女子高生が通過した。私は慌ててブレーキをかけた。もう少し私の反射神経が鈍かったら轢いてしまうところだった。

 私は遠ざかる自転車に向けて怒りのクラクションを鳴らしたが、女子高生は全く意に介していない様子で携帯電話から目を離さず去っていった。

 腹が立ったが気を取り直して、再度発進させようと左右を見た。

 ちょうど私が曲がろうとする方向に老婆が腰を曲げて歩いている。近くのスーパーで買い物でもしたのであろうか、手には食料品らしきものが入ったレジ袋をぶら下げている。私が持てば軽いであろうレジ袋も高齢の方が持てばいかにも重そうな感じだ。

 その老婆は私の車が目に入っていないようだ。歩みを止めることなく自動車の前を蝸牛が這うようにゆっくりと移動している。早くしないとまた大量に自動車が来るではないか。

 私は車を降り、老婆に近づいた。そして私は親切心からではなく早く車の前から立ち去って欲しい一心で老婆の手を取り誘導した。

 しかし猛スピードで国道を走っていく一台のオートバイを皮切りに再び夥しい数の自動車が私と老婆の横を通過し始めた。私は老婆の手を取ったまま呆然として国道を流れる自動車を見送った。暫くして私は気を取り直して、老婆を安全な場所まで連れて行き自動車に戻った。

 幸いにまだ後ろから自動車が来る気配はないのでやはりここは後退して横道に迂回するしかないであろう。

 私はギアをバックに入れ左腕を助手席のヘッドレストにかけ体をねじって後ろを向いた。そしてゆっくりと後退し始めた。慎重に運転しなければ電柱にぶつかりそうだ。電柱に近づく度にスピードを緩め、より一層の注意を払った。あまりに長い距離を無理な姿勢で運転するので時々止まって前を向かないと首が痛い。

 横道に入る交差点の手前までさしかかったとき、そこから不意にトラックが出てきた。そして派手にクラクションを鳴らし強引にこちらの車線に入ってきた。

 私はトラックの勢いに負けて再度ギアを前進にして国道との交差点に戻ってしまった。前方には依然として車が流れている。またもや私は停止線で止まり、動けなくなった。トラックは後ろの商店の前に止まり商品を降ろし始めた。

 夕日が空を赤く染めてゆく。会議の開始時刻からかなりの時間が経過している。もうすぐ終わる頃ではないだろうか。今から行ってこっそりと会議に合流したところで取引先の人たちに失笑を買い非常にバツが悪いに決まっている。そう考えると会議はもはやどうでも良くなってきた。しかし私も社会人の一員として無断で帰るわけにはいかないので再度部下に連絡を取ってみる事にした。私は携帯電話を取り出し電話をかけてみた。

 電話の呼び出し音が何度か鳴るだけで、また留守番電話の応答メッセージが聞こえてきた。まだ電話に出る状況ではないのであろう。きっとマナーモードにしているに違いない。

 それとも私は無視されているのだろうか。会社の上司が会議に出ていないという異変に対して、私が連絡に苦労をする前に部下のほうから私に連絡を取るとか何らかの対処をしてもいいはずである。

 本社に電話をかけてこの状態を説明したところで部長から厭味を言われるのがオチだ。せめて部下と会議が終わった頃に合流して会議に出られなかった理由をちゃんと彼に説明し、口裏を合わせてもらうしかない。会議が終わって部下が先に帰ってしまうと私の立場がなくなってしまう。とにかく彼と連絡が取りたい。私は自社の工作機械が受注されるかどうかが問題ではなく、自分の保身を第一に考えた行動を取ろうとしていた。

 ああタバコを吸いたい。

 灰皿から取り出した吸えそうな吸殻は全部吸ってしまった。自動車の灰皿をかき回してみたところで残ったフィルターと灰しかない。

 自動車の窓から顔を出しあたりを見回してみた。十メートルほど後ろの商店の角にタバコの自動販売機を発見した。私は財布を取り出し前の国道の車列が途切れていない事を確認して車外にでた。そしてタバコを買っていると近くの道端にしゃがんで携帯電話をいじっている一人の女子中学生を見かけた。もしかして彼女に頼めばメールを打ってくれるかもしれないと思った。
(2007.07.23)

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  © 2007 田中スコップ 路上のゴム手
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