「国道の車列」 (最終話)


 とにかくニコチンが足りない。私は急いで車内に戻って貪るようにタバコのパッケージを開けた。そして一本のタバコを咥えて火を点け一息つくとダッシュボードからメモ用紙を取り出し一枚破って部下に伝えるメッセージを急いで書いた。

「  拝啓 青木祝言様 

 日を追うごとに秋も深まってまいりましたがいかがお過ごしでしょうか。まずはこの度やむなき事情により会議に出席できなかった事を心よりお詫び申し上げます。当初は時間通りに先方の会社に到着する予定ではございましたが……

 ……(グダグダと言い訳がましい文面が続くので中略)……

 ……以上の理由によりましてなにとぞ諸般の事情をお汲み取りいただき後ほど合流して一緒に会社へ戻っていただけますよう切にお願い申し上げます。

  敬具 横山大徹  」

 一枚だけでは書ききれなかったので二枚使って書き上げた。私は数回文章を読み返し誤字脱字がないかを確認した。

 我ながら達筆である。

 後ろのトラックは車が途切れないのがわかると早々とバックしてどこかに行ってしまった。女子中学生はまだそこで俯いて携帯電話をいじっていた。

「ちょっと君、お願いがあるんだけど。おじさんのかわりにメールを打ってくれないかな」

 彼女は顔を上げ不審そうな顔をしたが、

「お小遣いくれるの?」

 と言ってまた下を向いた。

 私は財布から千円札を出して再度声をかけた。

「これあげるから頼まれてくれないかな」

 彼女は私の手から千円札を受け取った。

「おじさん、ありがと。で、なんて打ったらいいの?」

 私は自分の携帯と先ほどメッセージを書いた紙を渡した。彼女は文章を見ると顔をしかめた。

「えーっ。長いよ。漢字多いし。もっと短くなんない? やっぱやめようかな」

 私に携帯電話を返そうとするので、私は慌てて財布の中からあと三千円出した。

 彼女はその三千円を受け取るとメールを打ち始めた。私は国道の様子を時々気にしながら彼女のそばで、読めない漢字の読み方を教えた。

 ようやく彼女はメールを打ち終わり、メールは送信された。

 私は彼女に礼を言い、車に戻ろうとしたら前の国道からパトカーのサイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。何か事件かと思い様子を窺っていると、そのパトカーは私の車の行く手を遮るようにして停止し中から二名の警官が出てきた。

 一人の警官は私の腕を掴み、

「不審な車から出てきた男が中学生に金を渡しているという通報があったので、ちょっと交番までご同行願いたい」

 と引っ張っていこうとした。私は何も悪い事などしていない。

 サイレンの音を聞いて早々と野次馬が集まってきた。もう一人の警官もすでに中学生を補導しパトカーに向かっている。私はこの場所にいるということがいたたまれなくなったので、

「どこでもついて行くから手を離してくれよ」

 と言ってパトカーに自分から近づいていった。私は無実なので堂々としていればいいのだが野次馬共が携帯電話のカメラをこちらに向けている。私は不本意にも犯罪者のように顔を撮られないように俯き、両手で顔を隠そうとしてしまった。

 警察官は私をパトカーに乗せた。少女を補導した警官が

「あんたの車は僕が乗ってくからね。でも実際、未成年はまずいよ。いやほんと」

 と言って私の車に乗り込んだ。

 パトカーのサイレンが鳴り始めると、国道を走る車は減速して道を譲った。図らずもパトカーに先導された私の車は警察官の運転により交差点から脱出する事ができたのであった。

 同乗した中学生も何が起きたか分からない様子でキョロキョロしている。

 近所の交番に着いて事情聴取を受けている最中に部下からメールが届いた。警察官は、

「仲間じゃないの? ちょっと見ていい?」

 と言って私の携帯を取り上げ、メールを読んだ。

「あんた、営業なんだ。会議はあんたがいなくてもうまくいったってさ。部下が働いてんのに上司が遊んでちゃ駄目なんじゃないの?」

 何度も無実を主張したが総額四千円を彼女に渡した事実がある。そのため警官から未成年を淫行目的で連れ去ろうとしたと勝手に決め付けられ、疑念がなかなか晴れなかった。

 取調べの途中、合流場所で待ちくたびれた部下が私に電話してきた。恥ずかしいので私が拘束されている事は言わず、先に帰るように伝えた。

 迎えに来た中学生の母親が私を侮蔑した表情で睨み、言葉を交わす事もなく連れ帰った。

 結局、私が開放されたのは深夜だった。

 私が交番から自動車を運転して帰る途中に再度、部下からのメールが入った。私はまだメールの開き方がわからない。こんな面倒くさい機能が付いた携帯電話にしなければよかった。

 ひとまず家に帰って明日会社で彼に会ったときにメールの開き方を教えてもらうしかないだろう。

 深夜にしてはまだ交通量が多い。私は運転をしながら明日出勤してどう言い訳をしようかとボンヤリと考えていた。

 そして無意識のうちにいつもの近道をする癖が出てしまい、ついハンドルを切ってしまった。私が我に帰った時、車はまた狭い路地に迷い込んでいた。

…… 完 ……(2007.08.06)

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  © 2007 田中スコップ 路上のゴム手
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