「国道の車列」 (その2)



 先方の会社では工場増築のため工作機械を追加購入する予定である。その会議では数社が工作機械の紹介をすることになっている。もし受注できれば数億円の売り上げが見込める。我が社は工作機械の分野では歴史が浅くぜひとも受注して事業を拡大したいところである。

 先方の会社は社長が実直な性格で私が事前に営業に行ったときには全てのメーカーに門戸を開き事前の商談やメーカー間の談合を許さない姿勢を感じ取れた。そのため後発の我が社にも参入の余地があると踏んでいる。

 私は腕時計を見た。本来ならば先方に到着している時刻になってしまった。私は別件の用事があり部下とは別々に行くようになっていた。資料は部下が持って行ってくれている。今頃、彼は先方の会社に到着しているだろう。

 ルームミラーで後方を確認するとさらに後ろに並んでいる自動車が増えている。私が乗った自動車は前にも後ろにも動けないではないか。時間はいたずらに過ぎていく。

 私はあまり派手な仕事は出来ないが、入社してから今まで愚直なまでに時間を守ってきた。一度たりとも無断で欠席などしたことはない。時間を守り言われた仕事をこなす事で信用を築いてきたのだ。

 しかし今から先方の会社に向かってどんなに猛スピードで走ったとしても間に合いそうにない。この状況で身動きが取れない事を部下に伝えなければいけない。とにかく先に会議室に行き私をただじっと待って彼までが遅刻する必要はないのだ。

 今は身動きが取れずに停車しているので運転中ではない。携帯電話をかけても違反にはならないだろう。周りを見回し、巡査がいないことを確認して部下に電話をかけてみた。しかしすでに会議場に入っているのだろうか。なかなか電話に出ない。暫く呼び出し音が続いた後、留守番電話に変わり留守電のメッセージが流れ始めた。きっとマナーモードにしていて気づかないのだ。私は電話を切った。

 取引先へ直に電話してもよかったのだが、只の営業マンが会社の受付を通じて社長や重役のいる会議場に電話を繋いで貰い言い訳をするのも気が引ける。他社の営業も来ているのでみっともない事は出来ない。

 しかし言わなければいけない事を部下に指示しておく必要がある。私がいないと我が社の提案がうまく伝わらない可能性があるのだ。

 なんとか知らせる方法が無いかと考えた。そういえば私の携帯電話にもメールの機能が付いていることを思い出した。まだメール機能を使ったことはないが会社の若い者が簡単そうにメールを打っているのだから人生経験豊富な私にだってできない事ではない、と思う。

 以前私が新しい携帯電話を買ったときに、部下がメールの設定をしてくれた。彼のメールアドレスはメモリーに入れておいたと言っていたのを思い出した。

 私は老眼鏡を内ポケットから取り出してかけた。そしてハンドルの真ん中付近で携帯電話を構え、操作を始めた。メールを打つ暇があれば電話をかければ事は足りるし、そもそも携帯電話のメールなど若者が遊びで使っているという認識しかなかったので、まさか自分がメールを打つなどとは思いもしなかった。

 暫くの間、闇雲に色々な所を押してみたがよくわからない。私は携帯電話の液晶画面をじっと見つめたまま動きが止まってしまった。この携帯で私ができる事といえばメモリーを呼び出して電話をかける事と他人からかかってきた電話を登録する事ぐらいだ。もちろんプッシュボタンを押して電話をかける事もできる。

 不意に後ろからけたたましくクラクションの音が聞こえてきた。私が顔を上げると目の前の国道には自動車が走っていなかった。私が携帯電話と格闘している間に前の国道の車列が途切れていたのだ。

 私は慌てて自動車のギアをドライブに入れてアクセルを踏んだ。しかしエンジンは虚しく回転が上がるだけで一向に前に進まない。いったいどうしたのかとギアの位置を確認してみるとニュートラルになっている。慌てていたので間違えたのだ。そして改めてドライブに入れ、発進しようとするともうすでに目の前の国道には自動車が行き交っていた。
(2007.06.25)

その1へもどる   その3へつづく

  © 2007 田中スコップ 路上のゴム手
作品topにもどる
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送