愛・世界博 宇宙電波館(その75)


 社長が無計画に宇宙電波照射装置を勢いで買ってしまったのでそれを使用してどう収益を上げるかはこれから考えなければならない。しかしその装置の使用目的があまり胸を張って言えるようなものではないので営業社員は誰も自分からその装置を使った新規事業をやりたがらない。

 使用方法を考える営業会議が毎夜行われた。最初は穏やかな口調の会議で和気藹々と役に立たないアイデアが出ていたが日を追うごとに会議での口数が少なくなっていった。社長だけがこの装置で一儲けをたくらんでいて社員はあまり協力的ではないのだ。

 ただでさえ昼間営業に出て疲れているのに夜もこの調子で会議をしていたのでは休む間がないではないか。しかも現在の顧客への営業だけでも忙しいのにさらに気乗りのしない仕事を押し付けられても困る。

 ある日の会議のこと。とうとう我々三名の営業社員は誰も口を開こうとしなくなり、面倒くさそうな態度が現れてきた。営業社員は皆、壁にかけている時計をチラチラと見ている。もうすでに夜の九時を回っている。

 嫌な雰囲気が漂う中、静かな時間が過ぎていく。社長は貧乏ゆすりをしながら腕組みをして下を向き意味もなく机の上をじっと見ていた。そして焦燥感をつのらせた社長が突然顔を上げ、机をバンと叩いて立ち上がった。

 「おい、やる気あるのか」

 その場にいた者は驚いて椅子から尻が少し浮いた。しかしいくら社長が怒鳴っても正直言ってやる気はない。社長の無駄遣いのせいで無駄な仕事が増えるだけだ。社長に対する不信感しか湧いてこない。そんなに言うなら社員を使わずに自分でやれと声には出さずに頭の中で社長をなじった。

 会議室として使っている狭い応接室は換気が悪くタバコの煙が漂っている。反応がない営業社員たちに業を煮やした社長はタバコの吸殻でいっぱいになったアルミの灰皿を投げた。その灰皿は私の頭上をかすめて飛び、散らばったタバコの吸殻と灰をかぶってしまった。タバコの灰が目に入りとても痛い。壁に当たって落下した灰皿が床でクァンクァンと回ってコロンと倒れた。

 私が目をこすっていると、社長は興奮した赤い顔を私に顔を近づけた。タバコくさい息が私の顔にかかる。

「てめえ、会社休んでまで万博に行ったんじゃねえのか。ふざけんなよ。楽しむだけ楽しんで、仕事にしようと思ったら途端に黙りやがる。何年営業をやってんだよ。ちったあ会社の儲けになる事を考えろよ。役立たず。売り上げが少ねえクセに仕事を選り好みするんじゃねえよバカヤロウ」

 と社長がとうとう切れてしまい、怒りの矛先が私に向いてしまった。他の営業社員は気の毒そうにこちらを見た。

 私は小口の顧客を多く抱えているため、忙しい割に売り上げが一番少ない。今、社長に逆らうと勢いで首を切られてしまいそうなので私は黙って下を向き嵐が過ぎるのを待った。

「一週間やるから企画書を書いて来い。来週また営業会議をするからな」

 社長は私に企画書を書くことを命じ、やっと長い一日が終わった。他の社員は自分達に火の粉が降りかからなかったので、幾分安堵の表情をみせた。私もひとまず家路についた。帰りの電車で無意識に自分の頭をさわってしまい大量のフケのようなタバコの灰が周辺に舞った。近くの乗客が不快そうな表情をしてこちらを見た。

 駅に到着してから家に帰る道すがら頭と服についたタバコの灰を振り払いながら歩いた。そして家に帰り背広の上着を脱ぐと袖からタバコの吸殻が数本落ちた。

 今まで私は営業で動き回っていただけなので新規事業の企画書などは書いたことがない。昼間はなかなか考える時間がないため、考えるのは夜になる。

 営業から帰って誰もいない事務所で私は耳にボールペンをはさんで頬杖をついて考えていた。

 あの「宇宙電波照射装置」がある店に喜んで来る客は男性しかいないであろう。繁華街で空き店舗を探して怪しい店を開店させるしかないだろうな。しかしあのようないかがわしい店を出すのに許可はおりるのであろうか。そもそもどこに許可してもらうのだろうか。まずは店を出せるかどうかから検討しなければいけないだろう。

 その上あの機材が壊れると私では直し方がわからない。追加の機材の入手方法もわからないので「カクギクギスメニア公国」の製造元を確認しておかないと対応が出来ない。万博に出展した実績があるので許可の関係は「カクギクギスメニア公国」の万博担当者に話を聞いてみる必要があるだろう。

 「宇宙電波体験コーナー」で私も社長も宇宙電波を浴びたのだがまだ体調不良になっていないところをみると健康に悪いというわけでもないようだ。ただ私のように一時的に性的不能に陥る事があるかもしれないので「宇宙電波除去装置」は必ず設置しておかないといけないな。

 健康を売りにすれば幅広い年齢層の客を集める事ができるかもしれない。店のインテリアはあまり下卑たものにせず診療所っぽくして従業員に白衣でも着せるかな。万博で読んだ張り紙のようにもっともらしい効能を謳っておけば結構流行るかもしれない。

 しかし私のように仕事を休んでまで来店して身を滅ぼす人がいるかもしれない。そのあたりはやはり本人に自重してもらうほかはないないだろう。等々、思いついたことをメモしながら考えるとすぐに時間が経過してしまう。一言に新規事業といっても問題が山積している。

 今日はもう遅いのでこのくらいにして帰ろうかと思い、メモ用紙をまとめてホッチキスで止めた。



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