愛・世界博 宇宙電波館(その59)


 事務員は社員旅行のときに私が妻子持ちだとわかって私を避けていた。しかも社員旅行の二日目は男子アルバイト君と一緒に行動にしていたので彼といい関係になっているはずだ。それなのにまた私に思わせぶりな態度をとるのはなぜなのだろうか。結局のところ私の意志に関係なく、私は旅行の一日目の夜と二日目の朝に彼女のいいように弄ばれた。悲しいかな、逆らえなかった私も情けない。

 それにしても彼女は私が昼間事務所にいないからといって外で遊んでいると勘違いしている。空き時間に時々喫茶店に入って時間を潰す事はあるが、それはあくまで休憩である。そして顧客との待ち合わせのために時間調整が必要なこともある。そういうときぐらい漫画を読む余裕があってもいいはずだ。私は決して仕事中に遊んでなどいない。私は少し腹が立ったので彼女の変な思い込みを正さないといけないと思った。

「ちょっと君は勘違いしている。僕は仕事中にドライブして遊んでいるわけじゃない。それにこうやって二人で納品に行くことは滅多にないよ。ほとんどが一人で行くか、商品が沢山ある時は運送屋さんに頼むんだよ。昨日僕が休んじゃって今日の手配が出来なかったからしょうがないんだ。営業の仕事って君が思っているより大変だよ」

 彼女は前を向いたまま「フフッ」と笑った。

「そんなこと分っていますよ。冗談じゃないですか。でも昨日はどこに行ってたんですか。私、電車に乗っているとこ見ましたよ。昨日はコサックダンスの練習があったんです。バレエスタジオが休みの時だけ安く貸してもらっているんですけど、そこに休憩室もあって練習前にそこでテレビを見てたら、万博の駅が映ってたじゃないですか。後姿だけ見たんですけどなんだか似てる人が出てました。もしかして万博に行ってませんでしたか?」

 その通りなのだが、肯定をすると会社をサボったのがばれてしまう。私は否定した。

「そんなわけないじゃないか。昨日は会社に行く途中に気分が悪くなったからそのまま家に帰ったんだよ」

 女子事務員はさらに私の行動について追求しようとした。

「怪しいです。絶対怪しいですよ。お客さんからの問い合わせでわかんないことがあったんで、携帯に電話しても電源を切ってあったし、お家に電話したけど留守番電話になってたじゃないですか。本当に家にいたんですか?」

 ハンドルを握る手に汗がにじんだ。留守電に入っていた鼻息だけ聞こえた無言電話は事務員からだったのだ。

「ずっと寝てたから電話が鳴ったのに気づかなかったんだよ」

 私は家で寝ていたことにしてこのまま押し切ろうと思ったが事務員がさらに追い討ちをかける。

「でも昨日の夕方電車に乗っていましたよね。目が合ったらすぐに見えないように隠れたじゃないですか。私を避けているんですか? 何か見つかったらまずい理由でもあるんですか? そりゃそうですよね。会社をズル休みして万博に行ったんですから。朝、アルバイトのおばさんたちがヒソヒソ話しているの聞いたんですけど、みんなテレビに出てたのを見たって言ってましたよ」

 誰も気に留めないような数秒しか流れなかったニュースをよりによっておばちゃん連中も見ていたとは……。私がこうやって納品に出かけて社内にいないうちに噂を触れ回っているに違いない。会社内で私の立場がなくなりそうだ。

 私は彼女の方を向き、その事実を隠そうとして更に声高に否定した。

「人違いだよ。世の中には僕に似ている人はたくさんいるはずだ」

 前を向いていた彼女の表情が突然、驚いた顔に変わって叫んだ。

「あーっ! 危ないです」

 私が横を向いている間に信号が赤に変わっていたのだ。そして前の自動車が停止しようとブレーキをかけていた。私はすぐに急ブレーキをかけた。

 前の自動車とわずか数センチの距離を隔ててわれわれの自動車が停止した。危うく追突してしまうところだった。私は大きく息をして横の事務員に声をかけた。

「大丈夫?」

 事務員はびっくりした表情で前を向いて瞳孔が開いたまま動かない。私は彼女を揺すってみた。彼女はビクッとして正気に戻り、こちらに向いた。

「危ないじゃないですか。私を殺す気ですか。まだ結婚していないんだから死にたくないです。何かあったら責任取ってもらえるんですか? もっと気をつけて運転してくださいよ」

 責任を取るとはどういうことなのだろう。危機一髪で事故を免れ、何とか無事である。しかし事務員が叫ばなければ私も気が付かずに前の自動車に追突しただろう。ひとまず彼女に感謝するべきかもしれない。

「君が気付いてくれなかったら危ないところだったよ。ひとまず無事でよかった。あとでお昼ご飯はご馳走してあげるよ」

 事務員は笑顔を浮かべ、

「嬉しいです。ご馳走ですか。何がいいかな。でも私、お昼はお弁当を持っているんで、晩御飯のほうがいいです」

 と夕食を要求してきた。私はまた変な展開になってはいけないと思い、断ろうとした。

「今日も残業になっちゃいそうだから晩御飯はいっしょに食べられないよ。それにアルバイト君とデートとかしないの? 」

 こんな勘繰りをするのは悪いのだがアルバイト君には彼女がいなさそうである。女なら誰でもいいほど飢えている彼を手玉に取る事ぐらい朝飯前であろう。

「万博が終わってから会社以外じゃ会っていないですよ。万博のときは生理が始まる直前だったんで、やたらムラムラして気分も最悪だったんで、やけになってたんです。でもその時は奥さんがいる人に騙されたと思って本当に怒ってたんですから。でも東京に帰ってきて彼をよく見てみると、どこもいいところが無いじゃないですか。体力はありそうだけど、小太りだし、いつもヘラヘラして何考えてるかわからないし、仕事も在庫係のおばちゃんがいないと何にも出来ないみたいだし、私の結婚相手にはなりません。そんなのと付き合うんだったら奥さんがいてもいいから愛人のほうがましです」

 私はドキッとして彼女のほうを見た。彼女もこちらを向いたので目が合ってしまった。


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