愛・世界博 宇宙電波館(その58)



 翌朝私は何事もなかったような顔をして会社に出勤した。

 肋骨にヒビが入っている営業マンもさすがに何日も休むわけにはいかないのか無理して出勤している。彼が朝のラジオ体操で体を動かすのはさすがに辛そうだ。両手を上げようとしてみるものの激痛が走り、両手を中途半端に上げたところで動作が止まり、じっとしていた。

 そのあと手を上げたまま、姿勢が変わらないようにそろりそろりと皆がラジオ体操をしている間を抜けて自分の席に戻った。誰も椅子を引いてくれないので、机の横に立ったまま真っ青な顔色をして両手を上げている。

 そんなことなら始めから無理して体操に参加しなくてもいいのだ。彼は性格がいいかげんなくせに仕事と関係のないところで努力してみせるという見え見えの小芝居をする癖がある。彼がラジオ体操に参加すると言った時、そこにいた社員達は声には出さないものの、やれやれまたかという表情をして、誰も止めなかった。

 社長の挨拶が済み、私は机の上に置いてある未確認の伝票や報告書に目を通した。ほとんどの仕事が一昨日のまま放置されている。とりあえず昨日行けなかった取引先にお詫びの電話を入れて、納品を遅らせているところから急いで商品を搬入することにした。かなりの量の商品を複数の場所に運ばないといけない。

 一人では無理だと思い、私は倉庫に行き男子アルバイトを捕まえ、一緒に行くように頼んだ。しかし彼は肋骨にヒビがはいっている酔っ払いのサポートを頼まれたので、ついて行くのは無理だと断られた。残っている人間を見ると、男子アルバイトと一緒に倉庫係をしているおばちゃんと発注担当のおばちゃんと女子事務員、そして女子事務員と一緒に事務をしているおばちゃんだけだ。動けそうなのはすべて女性ばかりではないか。

 しかし今更発注先に人手が足りないからといって、納品を延ばして貰うわけにはいかない。一番暇そうにしている事務のおばちゃんを頼んでみることにした。

 私は事務のおばちゃんに声をかけたのだが、何を勘違いしたのか女子事務員が返事をした。また事務員のおせっかいな性格が出てきた。他に面白そうな仕事があれば自分の仕事を放っておいてもやりたがるのだ。

「納品ですか? それだったら私が行きますよ。あとお願いしますね」

 彼女は立ち上がり、アルバイトのおばちゃんの机の上に未整理の請求書や事務の書類を置いた。おばちゃんは社員旅行での一件を根に持っているらしく、女子事務員とは必要以上に話をしたくない様子で、事務員と私を横目で見ただけで何も言わなかった。

 アルバイトのおばちゃんだけではわからないことが多く、事務員がいないと会社の事務処理が止まってしまうかもしれない。きっとおばちゃんも何をやればいいのかわからないだろうから、じっと座って電話番をするしかしないだろう。調子に乗りやすい事務員を連れ出したりすると社長もいい顔はしない。納品の手伝いをして貰うのはおばちゃんの方がいいのだ。

 女子事務員がいないところでおばちゃんに頼めば良かった。取引先に事務員がいっしょに来ると私をさしおいて仕切られてしまいそうだ。それでは私の立場が無くなってしまうかもしれない。どう言って彼女の手伝いを断ろうかと考えている間に事務員は自分のロッカーに行きハイヒールのサンダルを運動靴に履き替えてきた。

 そして私が持っている納品伝票をひったくって倉庫に行き、在庫係のおばちゃんに伝票を渡した。おばちゃんが商品のある場所を案内して、事務員と私は会社のワゴン車に商品を詰め込みはじめた。彼女はダンボールに入った商品を台車に積んで物凄い勢いで押していく。彼女は私がモタモタしている間に運転席からルームミラーで後ろが見えないほどワゴン車の荷台を商品で一杯にしてしまった。私が個数を数えようとしたら事務員が、

「私が数えたから、もう数えなくていいです。数はちょうどです、早く納品しないとお客さんが待っていますよ。さっさと運転して下さい」

 と言って、さも当然のようにワゴン車の助手席に乗り込んだ。そして私は運転席に座りエンジンをかけた。

 私は社長に怒られないかと心配になって女子事務員に聞いた。

「事務の仕事をほったらかしで大丈夫なの?」

 事務員は助手席からこちらを見て怒ったように言った。

「何言ってるんですか。同じ会社の社員同士じゃないですか。困っている人を見て黙っていろと言うんですか。それに外回りって楽しそうです。少しぐらい私が抜けたってどうって事ないですよ。社長が来ないうちに早く出発してください。さあ早く」

 事務員が急かすものだから私まで共犯者になった気分だ。後ろめたい気がして私は慌ててアクセルを踏んだ。

 暫くすると彼女がラジオのスイッチを押したりツマミを引いてみたりしている。そして突然ラジオのボリュームが大きくなってビックリしている。何をしているのかと思って聞いてみた。

「何してんの?」

 彼女は、ガチャガチャと色々なツマミを動かしながら、

「エアコンってどうやってつけるんですか。暑いです」

 と私に聞いた。

「ここにスイッチがあってこれを押してから風量の調節をするんだよ」

 私は運転をしながらスイッチを押して風量の調節レバーを動かすと生暖かい風が出てきた。事務員は、

「全然涼しくないですよ。これ壊れているんじゃないですか」

 と私に文句を言ったが、段々と涼しい風に変わってきた。

 事務員は自動車のエアコンの使い方を知らないようだ。

「ねえ、君は自動車を運転したことないの?」

 と彼女に聞いてみた。すると彼女は、

「自動車なんかに興味はないし電車があるから運転免許なんか必要ないです。運転なんか男の人がすればいいんです。エアコンだって私がつけなくても、暑いと思ったら先にちゃんと運転する人がつけておかないと駄目ですよ。営業の仕事をしているんだったらもう少し気を利かせて下さい」

 と言った。私は反論する気も起こらなかった。

 私が黙って運転していると事務員が話しかけてきた。

「でもいいですね。営業の人って。仕事中にドライブできて……。いつもこうやって運んでいるんですか? 私、営業の人がうらやましいです。それにしても二人で一緒に乗っているとデートしてるみたいですね」

 また怪しい雰囲気になりそうな予感がする。


その57へもどる  つづく
電波館topへもどる
  © 2006 田中スコップ 路上のゴム手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送