愛・世界博 宇宙電波館(その57)



 妻はスーパーのビニール袋から牛乳パックを取り出し、コップに注いで子供に与えた。子供もスーパーの袋の中をゴソゴソと探し、おやつを出した。子供はそのおやつの包みを開けて、おまけのミニチュア飛行機を取り出し「ブーン」と言いながら空想の中で遊び始めた。妻は子供に向かって、

「牛乳、飲みなさい」

 と言って奥の部屋に行った。

 妻がいなくなると子供はミニチュア飛行機をテーブルに置き、牛乳を一口飲み、こちらを見て私に呟くようにして尋ねた。

「おとうさん、今までどこに行ってたの?」

 私はドキッとして子供から目をそらし、

「お仕事だよ」

 と言った。私は一瞬子供に私の行動が見透かされているのかと思ったが、ここ数日間、子供が寝た後に帰ってきて起きる前に会社に行くという生活だったので、子供にとっては父親が不在であると思えたのかもしれない。今日は寝るまで一緒にいてやろう。

 妻が奥から着替えてきて台所に戻ってきた。妻はエプロンを着けながら、私に声をかけた。

「あなたも着替えていらっしゃいよ。これからご飯を作るから」

 私は子供を連れて着替えがある部屋に行った。私は子供から保育園の制服を脱がし部屋着に着替えさせた。私もタンスからTシャツとジャージのズボンを取り出し着替えた。子供は着替えるとすぐに妻がいる台所に走っていった。

 私はこのなんでもない普通の日常を壊し始めているのかもしれない。平日なのに自らの欲望のためだけに本来やらねばならない仕事を放棄してまで万博に行ってしまった。今日の私の行動が知られてしまうと妻からの信用を無くしてしまうだろう。

 私は家族のいる台所のテーブルに向かった。冷蔵庫から瓶ビールを取り出し、栓を抜いた。流しのそばに置いてあるコップを持ってきて椅子に座り、ビールを注いだ。私は何気なくテレビをつけるとニュース番組が始まっていた。どこかで見たことがあるレポーターが万博の駅構内の状況をレポートしている場面だった。今日の昼間、線路に落ちそうになった女性アナウンサーだ。

 どうせ私が出た場面はカットされているだろうと思って見ていると、なんと私の後ろ姿が出ているではないか。横に座っている私の子供が、

「お父さん、ビールこぼれてるよ」

 と注意した。私は慌ててビールの瓶を起こしコップの縁に口をつけてビールの泡をすすった。ちょうどそのとき妻が料理の皿を持ってきてテレビを見た。

「あら、あなたに似てるわね。」

 ちょうど女性アナウンサーが落ちそうになっているところを私が引っ張っている場面だ。こんなところを放送しなくてもいいじゃないか。なぜ全国放送でこんな場面を放送するのか理解できない。その映像はそのあとすぐにブレて、画面が消えた。その後女性アナウンサーが、

「いやー、危なかったです。インタビューしていた男性の方が引っ張ってくれなかったら線路に落ちるところでした」

 と万博とは関係ないコメントをしている。幸いなことに私は後ろ姿しか映っていない。余程気をつけて見ないと知り合いでも私だとは思わないであろう。そのニュースは数秒で別の画面に切り替わったが子供は、

「あれは絶対お父さんだよ」

 と言ったが妻は子供に向かって、

「お父さんのわけがないでしょう。だってお父さんはお仕事に行ってるんだから」

 と画面に映っている男が私であることを否定した。そして妻は台所から雑巾を持ってきてテーブルにこぼれたビールを拭いた。

 ようやく家族の夕食が始まった。こうやって家族が揃ってテーブルを囲むのは久しぶりだ。先程のニュースは家族の話題にも上らなかった。食事を済ませ子供と風呂に入った後、寝室に行って子供に絵本を読み聞かせているとすぐに眠気が襲ってきて、全部読まないうちに私は眠ってしまった。     

 子供は私を揺すって起こそうとしたが、暫くすると子供も眠くなり寝てしまった。妻は一緒に寝ている私たちを見ると微笑を浮かべ、毛布を掛けて蛍光灯のスイッチを切った。


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