愛・世界博 宇宙電波館(その56)



 私とアナウンサーは間一髪のところでホームに引き戻され助かった。私は転んで尻餅をついた。アナウンサーは四つん這いになって、放心状態になっている。私はカメラマンがアナウンサーの元に駆け寄ったところを見て電車に飛び乗った。すぐに電車の扉が閉まり電車は動き始めた。

 アナウンサーとカメラマンは電車に乗って遠ざかる私のほうを見ていた。

 しかしなぜ彼らは万博会場でインタビューしないのか。会場での撮影許可をもらえなかったのだろうか。どこのテレビ局かわからなかったが、どうせあんな映像はボツになるに決まっているし、放送されたら困る。

 電車は新幹線の駅に到着し、私は新幹線に乗り換えた。私は弁当を食いながら流れていく窓の外の景色を見た。得体の知れない宇宙電波が本当に私の体内から出て行って正常な性的機能が回復したのだろうか。

 宇宙電波が抜けたからといって私の外見は全く変わっていない。もしかすると宇宙電波は抜けていないかもしれない。元に戻っていないのではないかと段々と心配になってきた。試しに女性の裸を想像してみよう。

 私は目を瞑り、裸を想像してみると、社員旅行二日目の朝っぱらから私の上に跨って上下運動をしている女子事務員が登場してきた。いかん、彼女のことを想像してはいけない。彼女はただ単に私が独身だと勘違いしていただけなのだ。女子事務員とはこれから先、何事もあってはならない。裸など想像してはいけないのだ。お願いだ。私の頭の中に登場しないでくれ。

 しかし私の股間は膨らみ始めた。ここまではいつも通りなのだが、これから先の射精までに至らないのだ。いくら変な想像をしても本物の性行為で試してみないとどうしようもない。

 箸に挟んでいた卵焼きがポロリと落ちて私は目を開け、正気に戻った。変な想像はやめて明日は仕事をがんばろう。「宇宙電波館」で今まで溜っていた物をすべて出し切ったので気分は爽やかである。モヤモヤとした漠然たる疲れが取れ、気力が湧いてくるようだ。

 新幹線は東京駅に到着した。夕暮れ時の東京駅は帰りの通勤客でごったがえしている。万博会場と違い、スーツ姿に違和感はない。私は山手線に乗り換え家に向かった。

 会社のある駅で電車が止まった時に、反対側のホームに見覚えがある女性が電車を待っていた。その女性は会社の事務服を着たあの女子事務員ではないか。定時になると容赦なく帰る彼女とたまたま同じ時間に出くわしたのだ。

 彼女は立ったまま小刻みにリズムをとり腕を組んで両足を交互に軽く前に蹴りだしている。趣味のコサックダンスのイメージトレーニングでもしているのだろうか。今日はコサックダンスの練習日なのかもしれない。

 こちらの電車が動き始めた時、彼女は動きを止め、顔がこちらに向いた。彼女がこんなに大人数の乗客の中から私を発見するのは無理だろうと思っていたが、彼女は「あっ」という表情をして私を見てしまった。そして今度は私であるかどうか確認のため私をじっと凝視し始めた。

 しまった。見つかった。

 私は動き始めた電車の中を彼女の死角に入るように移動しようとしたが、私が移動する方向に限って遮蔽物が無い。私が車内を動けば動くほど彼女から認識されやすい場所に行ってしまった。もう完全に彼女の記憶に私の画像が刻み込まれているだろう。明日出勤しても知らないフリをするしかない。

 私は帰宅した。

 妻はまだ帰っていないようだ。私たち夫婦は共働きである。普段は私の方が帰りは遅いので妻より早く家にいることは滅多にない。子供も保育所に預けているので妻が仕事帰りに連れて帰るようになっている。

 私は家の電話の留守電をチェックした。電話番号通知で会社から何件か入っている。今日一日携帯電話の電源を切っていたので家にもかけてきたのだ。会社以外からは留守電は入っていない。そのうち二件は女性っぽい鼻息が聞こえただけで、無言で切られている。

 私は用件を聞くとすぐに削除した。そうしないと私が仕事に行っていると思っている妻が会社から留守電が入っているのを不審に思うだろう。しかも私が休んでいないと辻褄が合わない内容ばかりだ。

 会社をサボって「愛・世界博」に行ってしまったのを知られてはならないのだ。そして携帯電話の留守電もチェックしてすぐに削除した。留守番電話の内容は特に緊急を要する物ではなく明日会社に行ってから対処すればいいようなことばかりだった。

 私は台所のテーブルに座っていると程なくして妻が子供を連れて帰ってきた。買い物もついでに済ませてきたのであろう、スーパーの袋も持っている。

「あら? あなた今日は早いのね」

 私はネクタイを弛めながら、今日早く帰った理由をもっともらしく説明した。

「今日は疲れているから早めに帰らせてもらったんだよ。ここんとこずっと残業が続いたからね」

 妻は私が言い終わらないうちから留守番電話をチェックしていた。危機一髪だった。

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