愛・世界博 宇宙電波館(その55)


 私は携帯電話の電源を入れ、液晶画面に表示された時計を見た。すでに午後二時だ。私は宇宙電波館の方を振り返った。万博の会期も終了間近だ。ここに来るのはこれで最後になるだろう。あの圧倒的な快感をもう一度体験したい。今から並びなおそうか。

 先程、体験コーナーに入る直前に振り向いて見た行列は、明らかに私が並び始めた時より人数が増えていた。もう一度並ぶと体験コーナーに入るまで三時間以上かかるだろう。それから家に帰ると夜の九時頃になりそうだ。もし会社から留守電が入っていて妻が先に聞いてしまうと会社をサボった事がばれるかもしれない。

 再入場は諦めよう。

 私はもう一度携帯電話を見た。留守番電話にメッセージが入っているようだ。留守電を聞こうかと思ったが、きっと仕事の話である。重要な話であっても本人が万博会場でサボっているので、どっちみち対処のしようがない。しかも後ろめたい気持ちがあり、留守番電話を聞くのが怖かったのだ。とにかく明日は仕事に出るのだ。今日は早く帰ってゆっくり休もう。私は再度携帯電話の電源を切った。

 宇宙電波館を後にして私は歩き始めた。近くで指先を掻きながら歩いているサラリーマン風の男を見かけた。こいつも仕事をサボって「宇宙電波体験コーナー」に入ったのだろうか。私も指先を無意識に掻いていたので少し恥ずかしくなり、痒いのを我慢して両手を離した。

 この時間帯に早々と帰る客は少ない。駅は比較的空いていた。

 私は駅のホームに立ち、電車が来るのを待っていると、女性アナウンサーがカメラマンを従えてやってきた。テレビの取材なのか。なぜ会場内ではなく駅のホームにいるのだ。顔を撮られて全国放送で流されると会社をサボっているのがわかってしまう。私は何食わぬ顔をしてカメラに背を向けた。しかし段々と近づいてくる気配を感じる。

「あのー、ちょっといいですか。平日昼間に万博に来る方に突撃インタビューをしているのですが。質問に答えて頂けますか。今日の万博はどうでしたか」

 私のすぐ後ろで女性アナウンサーが声をかけている。多分私に向かって言っているのだ。私は気が付かないフリをしていたが。その女性アナウンサーは私の肩をトントンと叩いた。やはり私は声を掛けられているのだ。私は振り向かずに指先をボリボリと掻きながら、

「何ですか。駄目ですよ、勝手に撮っちゃ。」

 と答えた。アナウンサーは私の言葉など意に介さず、すかさず私の前に回り込んでインタビューを始めた。私はカメラマンが私の正面から撮影しようとして後ろからゆっくりと私の前に回り込もうとする気配を察知した。私はそのカメラマンが絶対に私の前に回り込めないようにホームぎりぎりのところで線路に向かって立った。

「お見受けしましたところ、お仕事で万博にいらした方だと思いますが、万博のスタッフの方でしょうか?」

 女性アナウンサーもホームの端に立ち私にマイクを向けた。私は放送されては困るのでカメラのほうには顔を向けずわざと反対に顔を向けて黙っていた。女性アナウンサーは私に近づき過ぎてインタビューの立ち位置が気に入らないらしく、後ろを振り返ることなく後ろにさがった。

 次の瞬間そのアナウンサーは片足をホームから踏み外し落ちそうになった。彼女は悲鳴を上げながらマイクを放り出し、落ちないようにバランスを取るため両手をグルグル回し始めた。

 そのとき駅のアナウンスが聞こえてきた。

「間もなく電車がまいりますので、危険ですから白線の内側まで下がってお待ち下さい」

 私は慌てて彼女の手を取りこちらに引っ張ったが、アナウンサーは必死で私にしがみつこうとするものだから今度は私までつられて落ちそうになった。

 落ちかけたアナウンサーを見て、カメラマンは大声で助けを求めながらカメラを置き、私の服を掴んで引っ張った。我々に気付いた周りの乗客もカメラマンといっしょになって私たちを引っ張った。

 そして電車がホームに滑り込んできた。


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