愛・世界博 宇宙電波館(その53)


 私はいつの間にか新幹線の切符売り場に来ていた。窓口のカウンターの下には「愛・世界博」のポスターがまだ貼ってある。切符売り場の近くにはパンフレットを置いてある棚があり「愛・世界博」までの乗車券と入場料がセットになった料金表があった。私はそのパンフレットを手に取り料金を確認して財布の中身を見た。「愛・世界博」に行って帰れるだけの余裕がありそうだ。社員旅行に行くために旅行の自己負担があるのだと出任せを言い、妻から小遣いを多めにもらった残りがあったのだ。

 それに社員旅行では私の行動が事務員やおばちゃん達によって拘束されていたため、あまりたくさんのお金を使うことがなかったので小遣いが余っていたのだ。しかも年末調整で戻ってきたお金や臨時収入を妻に黙ってへそくりしている銀行口座で作ったクレジットカードもある。変な場所に行ったという証拠さえ残さなければいいのだ。しかし後ろめたい気持ちもあり暫くは切符売り場の前で逡巡していたが、とうとう足が窓口に向かってしまった。

 フラフラと窓口に行き、手に持っていたパンフレットを指差し、入場券と往復乗車券を買った。そして私は新幹線の改札口に向かい、下り新幹線の自由席に座った。今日は仕事なんかどうだっていいのだ。私は上着を脱ぎネクタイを弛め、携帯電話の電源を切った。

 座席を倒し、目を瞑った。会社をサボって「宇宙電波館」に行っていることがばれたら困るが、家からここまで来る間に知り合いにも会っていないし、ハタからみると誰もが私の事を出張に出かけているビジネスマンとしか思わないであろう。妻にも会社にも何も言わなければいいのだ。そして私はそのまま座り心地のいいシートで眠りについた。

 約二時間の後、車内のアナウンスで目が覚めた。一人の旅行だと不思議と乗り過ごさないものだ。意識の何処かで自分が降りる駅に気付いているのかもしれない。新幹線は徐々に減速し、停車した。

 新幹線の中で休養を取ったせいか気分はいくらかすっきりしている。新幹線から在来線に乗り換え、万博会場に向かった。

 開催期間が終了間際の万博は平日といえどもかなりごった返している。しかし私のようなビジネススーツで来ている人は少ないようだ。私は会場に到着して朝から何も食べていないことに気付いた。売店でホットドックとペットボトルのお茶を買い「カクギクギスメニア公国宇宙科学館」に急いだ。

 暫く歩いていると白い外観で屋上に避雷針のようなアンテナが立っている変わった建物が見えてきた。私はホットドックを食べながら電灯に群がる昆虫のように怪しい建物に吸い寄せられていった。

 私は「宇宙電波館」の入り口に立った。

 入り口の傍には「館内での飲食はご遠慮下さい」と書いてあったので、入り口の前で残りのホットドックを口の中に詰め込んだ。急いで飲み込もうとするがなかなか飲み込めない。私は入り口を上目遣いで見ながら口を膨らましてモグモグとホットドックを租借した。

 ホットドックを無理矢理飲み込むとパンが胸の辺りにつかえたので、胸をトントンと叩きながらお茶を飲んでようやく胃の中に流し込んだ。

 やっと念願の宇宙電波を体験できるぞ。私は急いで入館し、別館の入り口を目指した。別館のドアを開けるとすでに通路の中で百人以上の人が並んでいた。今から並ぶと体験コーナーまで二時間以上待たなければならないだろう。しかし今日は会社から解放されているし、家にも不自然に遅い時間に帰らなければ妻から疑われることもないだろう。別館入り口のドアを閉め列の最後尾に並んだ。

 列に並んでいる人たちはみんな黙って立っている。お互いに面識もないので特に何も話すことはない。私と同じようにネクタイをしているビジネスマン風の人もいる。多分私と同様に会社を休んで列に並んでいるのだろう。場内は禁煙なので火を付けずにタバコをくわえている人や、薄暗いのに競馬新聞を読みながら並んでいる人もいる。以前来たときと同じく廊下には饐えた臭いが漂っている。

 時々家族連れが迷い込んできて一時的に子供の声や係員の声で騒がしくなる。

 また時折、咳払いや「チッ」という舌打ちの音、掃除のおばさんがパタパタと移動する音、ドアが開いたり閉まったりする音が聞こえる。それらの音はコンクリートの壁に反響し、静けさを乱す。

 狭い通路にひしめき合っている行列が徐々に前進してやっと私の順番がやってきた。一度この場所に来ているので私はためらうことなく脱衣所に入り服を脱いだ。ネクタイはまたすぐにはめられるように結び目をほどかず輪っかにしたまま、脱いだ服の上に置いた。貴重品やカードを電波遮断ロッカーに入れて鍵をかけ、全裸になった私は宇宙電波室の重い鉄製のドアを開けて中に入った。

 妻や事務員との間に性行為があったにもかかわらず一ヶ月近くも射精をしていない。いつも途中で元気が無くなっているのだ。今度こそは何の制約もなく赤いボタンを押すだけで「宇宙電波」の圧倒的な快感に浸れるのだ。もう会社も家庭もどうなってもいい。期待に胸が高まり、赤いボタンに近づいてゆく指が微かに震えている。

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