愛・世界博 宇宙電波館(その52)


 私は電車の窓からボンヤリと外の風景を眺めていた。雑然とした景色が視界を流れてゆく。駅のホームには大量の人間が電車を待っている。新聞を広げている人、欠伸をする人、急ぐ人、ゆっくり歩く人。色々な人がいる。こんなにたくさんの人がそれぞれ何かの用事で駅にいるのが不思議な気がする。

 もし、たまたますべての人が別の用事が出来て通勤時間帯に駅がガラガラだったらそれも変だろうな。とつまらないことを考えていると、どうしたことか窓の外の景色がいつも見ている景色と少し違うことに気が付いた。

 ボンヤリとしすぎて自分が降りる駅を乗り越してしまったのだ。いかん、はっきりしろと自分に向かって思ったがこんな事になるのも私自身が疲れ切っているせいだ。今日はこのまま会社をサボってしまおうかと思った。しかしとりあえず電車から降りなければいけない。車内アナウンスで次の駅は東京駅だと言っている。

 東京駅は特に乗り降りが激しく、私は降りる客の流れに乗って押し出されるように車外に出た。

 駅の売店で缶コーヒーを買い、忙しく歩いている人の波を避けるように、柱の陰で缶を開けて一口飲んだ。甘いコーヒーだが万博会場の炎天下で飲んだ砂糖水のようなコーヒーよりは遥かにましだ。

 私は携帯電話を取り出し会社に電話をかけた。電話に出たのは女子事務員だ。

「もしもし、電車に乗ってる最中に気分が悪くなっちゃって、社長に今日休ませてもらえるように言ってもらえないかな」

 事務員は、

「ああそうですか、お大事に。それじゃ」

 と素っ気なく答えて電話を切った。

 それからすぐに私の携帯電話が鳴った。社長からだ。

 「君ねえ。営業が二人も休むと困っちゃうから何とかならないかねえ」

 電話の向こう側からリズムが狂っているラジオ体操の音が聞こえている。

 私は今日の納品予定と、最低限行かなければいけない取引先を社長に伝え、詳しいことは私の机の上にある報告書と予定表に書いてあるのでそれを見て判断して欲しいと頼んだ。社長もあの予定表を見るとびっくりするに違いない。なにせ酔っ払いと私の二人分の仕事がまとめて書いてあるのだ。

 最近社長は買い付けだの何だのと言って忙しいフリをしているが、ある程度のルートが出来てしまっているので頻繁にあちこちに行っている様子はない。空いた時間でもっと営業が出来るはずだ。社長は営業の基本を忘れているようなのでもっと動けばいいのだ。そうやって我々従業員の努力を自ら体感して安い給料を見直すがいい。私は社長に言った。

「本当に疲れているんです。電車の中で目眩がしちゃって……。今日無理して仕事をしたら、もっと体調が崩れて休みが一日じゃすまなくなります。お願いします、休ませて下さい」

 社長は、

「しょうがないね。今、君に倒れられては困るから、今日はゆっくり休んでくれ。明日はきっと来てくれよ。お客さんには僕から連絡しとくから」

 しぶしぶと私が休むのを了承した。多分、社長が言っているようにお客さんにお詫びの連絡だけ入れて後はなにもしてはくれないだろう。明日はさらに仕事が倍になっているのではないかと思うと余計に気が滅入った。

 しかし休むと決まったら、もう仕事の事は考えないようにしよう。疲れてはいるがせっかく今日一日の自由を手に入れたのにすぐ家に帰って寝るのはもったいない。ビジネススーツを着た会社員が忙しそうに歩いている。人の流れに逆らっているわけではないが、私の体が休憩を欲しているので歩くスピードが私だけ遅い。私は道行く人の邪魔にならないように通路の端をゆっくりと歩きながら、東京駅の構内をさまよった。

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