愛・世界博 宇宙電波館(その48)



 ウナギ弁当の下に紐が付いていて、引っ張ると加熱されるようになっている。おばちゃん達の機関銃のような悪口も本気になって聞かなければただの雑音だ。喧噪に身を委ねていると、かえって静寂を感じる。暖まったウナギ弁当の蓋を開けると、蒸気が立ち上り、香ばしいウナギの香りが漂った。一瞬おばちゃん達が静まり、私の弁当を見たが、またすぐに下らない会話を再開した。

 朝から飲み物以外に何も口にしていないので、冷たいビールと暖かいウナギが体の奥まで染み通るようだ。まさに空腹に勝る調味料は無い。私は食べ終わり、空になった紙製の弁当箱に輪ゴムを掛けて足元に置くとすぐに意識を失って寝てしまった。

 目が覚めると、新幹線の客室には誰もいなかった。寝ている間に終点の東京駅に到着していたのだ。通路の自動ドアが開き、ゴミ袋を持った清掃員が客室のゴミを集めにやってきた。足元にあった空の弁当殻とビールの空き缶を火バサミではさんでゴミ袋にポイッと入れて、

「お客さん、終点ですよ。この新幹線は東京駅で折り返しなんで、掃除が終わったら次のお客さんが入って来ちゃいますよ」

 と言った。そして他の席のゴミを拾いながら次の車両に移っていった。私は席を立つと、荷物が置いてある席を見た。私の荷物だけが残されている。とりあえず私は自分の荷物を持って、車両の出口に向かった。

 出口には「清掃中」と書かれた看板が設置してあり、次の客が入らないようになっている。私はその看板をよけて外に出た。外では客が列を作って乗車を待っている。私は出口に降り立ち、荷物を置いて振り向き、看板を元の位置に直した。ホームには他の社員は誰もいない。私を置いて帰ってしまったようだ。寝ぼけた頭では状況の判断がしにくいが、ここまさしく東京駅だ。なんて冷たい連中なのだ。声ぐらいかけてくれてもいいのに。

 駅のホームから通路に降りたら誰かが待っていてくれるのではと期待したが、誰もいない。急ぎ足で歩き回る知らない人達ばかりだ。仕方が無いので、私は在来線への乗り換え用の改札を通過し山手線に乗った。東京駅から会社のある駅を通過し、自宅のマンションがある駅に到着した。

 都内の高いマンションを無理して買わなかったらもっと楽だろうにと、この駅で降りるときはいつもため息が出る。外はもう暗くなっている。私はトボトボと家族が待つ家に向かって歩いた。電柱に取り付けてある街灯のまわりを蛾が飛んでいる。

 マンションのエレベーターを降り、薄暗い通路を歩いて、家族が待つ家の前に帰ってきた。私は片手に土産を持ち、もう片方の手に鞄を持っていたので、わざわざポケットの中から家の鍵を取り出すのが面倒くさい。もしかしたら鍵を開けて私の帰りを待ってくれているかもしれないと思い、土産のナイロン袋を手首に掛けたままドアの取っ手を回してみた。

 やはり鍵がかかっているので回らなかった。鍵を掛けないままだと物騒だからこれでいいのだと思い、鞄を置いてズボンのポケットを探るが、鍵は入っていない。おかしい、反対のポケットかなと思い、土産のナイロン袋を置いて反対のポケットの中を探ってみた。

 結局、荷物全部を床に置いて探したがズボンのポケットには入っていなかった。私は家族に開けてもらおうと思って、ピンポンとベルを鳴らした。少し待ったが返事は無い。

 仕方が無いのでしゃがんで鞄の中を探したら、鍵が見つかった。鍵穴に差し込んで回そうとしたら、勝手に鍵が開いてドアの取っ手が回り、チェーンがかかったまま少しだけドアが開いた。ドアの隙間を覗いてみたら、子供が下から私を見上げ、

「おかえり、おとうさん」

 と言った。パタパタと奥からスリッパの足音が聞こえてきた。妻は歩きながら、

「誰?」

 と尋ねたので、子供が

「ママ、おとうさんだよ」

 と答えた。妻は、

「おかえりー」

 と言いながらドアを一度閉めて、チェーンをガチャガチャとはずし、ドアを開けた。

「ただいま」

 私は妻の顔を見ながら言った。妻は笑顔で迎えてくれた。子供に土産の包みを渡すと、子供はその土産を持ち居間に走って行って、ベリベリと土産を開け始めた。

 私は荷物を持って家に入った。そして飯も食べずに風呂だけ入って寝てしまった。

 
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