愛・世界博 宇宙電波館(その46)



 入場ゲートの前にはすでに社長と営業マンが到着していた。社長は関係先にあげるのだといって同じものを大量に買って大きな袋を足元に置いている。包みを見ただけでは何が入っているのかわからないが、多分たいした物ではないだろう。私が関係先に配るとしたら、自信を持って「つまらない物ですが」と言えるに違いない。

 集合時間が迫ってきた。新幹線の時刻に遅れて置いて行かれたら困るのでさすがにおばちゃん三人組も間に合うように帰ってきた。しかし女子事務員と男子アルバイト君がまだ来ていない。彼女は行程に多少は余裕があるのを知っているのでゆっくり来ているのだ。もし反対に彼女が先に到着していて私たちが少しでも遅れたら、彼女のことだから本当に容赦なく時間通りに出発してしまうだろう。

 遠くで手を繋いで歩いている女子事務員と男子アルバイト君が見えた。事務員は私たちの姿を確認すると男子アルバイト君の手をふりほどいて、急ぎ足で近づいてきた。急に事務員がスピードアップするものだから、アルバイト君は、

「まってくれよー」

 と言いながら事務員の後ろをついてきた。

 事務員はみんなの所に来ると、

「みなさん、集まっていますか? それでは出発します。ついてきて下さい」

 と大声で言った。おばちゃん達には遅れてきた事務員が気に入らないらしく、女子事務員とともに事務をやっているリーダー格のおばちゃんが文句を言った。

「あんた、ちょっと待ちなさいよ。集合時間を守れって言ったのはあんたなのに、なんで遅れてくるのよ」

 事務員はそっけなく答えた。

「新幹線の時刻までは多少は余裕があるんですよ。集合時間がギリギリだといつも平気で遅れてくる人だけのためにみんなが迷惑するじゃないですか。特にいつも遅れてくる人なんかに文句を言われる筋合いは無いです。気に入らなきゃ別の新幹線で勝手に帰ればいいでしょう。切符がいらなきゃ破っちゃいますよ」

 事務員は帰りの切符をバッグから出しておばちゃんの目の前でヒラヒラと振った。

 おばちゃんの厚化粧の下の顔面がみるみるうちに紅潮していくのが、我々男性陣にもはっきりと伝わってきた。火の粉をかぶらないように距離を置いて見守るしかない。火の粉がガスタンクに引火しないうちに誰か消化してくれ。我々は心の中で祈った。男子アルバイト君は事務員の後ろで黙っている。

 このまま膠着してしまうと時間に多少は余裕があるとはいっても本当に遅れてしまうぞ。私は幹事だ。なんとかここを収めなければ、と思い、勇気を出して彼女たちの間に割って入った。

「あのー時間も無くなっちゃうので、そろそろ……」

 と次の行動に移るよう促そうとしたが、上気したおばちゃんは高慢な女子事務員しか眼中になく私の言うことは全く聞いていない。

「破りたけりゃ破ればいいでしょ。えー、いいわよ。私たちだけ勝手に帰りますから。さあ行くわよ」

 とあとの二人のおばちゃんを引き連れて離脱しようとしたが、切符がないと自腹で帰らなくてはいけない。一人のおばちゃんが口を開いた。

「ちょっと待ってよ。切符があるのにわざわざ別の切符を買うのはもったいないでしょ。少しぐらい遅れても間に合うって言ってんだからいいじゃないの。私たちまで道連れにしないでよ。気に入らなかったら勝手に一人で帰れば?」

 と彼女と一緒に離脱するのを拒否した。もう一人のおばちゃんも頷いた。さっきまで仲が良かったおばちゃん三人組は一瞬にして分裂した。

 女子事務員は勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべ、

「それではみなさん出発します。駅は昨日みたいに混雑しているかもしれないので、はぐれないようにしてください」

 と言って歩き始めた。思わぬ裏切りにあった事務のおばちゃんは私の後ろを目立たないように歩きながら、目に涙を浮かべ、小さな声で呟いた。

「こんな会社辞めてやる。自分が正社員だと思って臨時を馬鹿にするんじゃないわよ」

 楽しいはずの社員旅行が台無しである。私もクタクタに疲れている。東京に帰ったら体調を崩しそうだ。相変わらず大混雑の万博駅から電車に乗り、人混みの間から見える電車の窓の隙間から、万博会場の巨大な観覧車が遠ざかっていくのが見えた。


その45へもどる  つづく
電波館topへもどる
  © 2006 田中スコップ 路上のゴム手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送