愛・世界博 宇宙電波館(その43)



 ガシャンという音で我に返った。手に持っていたガラス瓶が落ちて割れたのだ。周りを見るとすでに何人かに追い越されていた。しゃがんで割れた瓶を拾おうと思ったが、しゃがんで立つときに立ちくらみがして倒れるのではないかと不安がよぎった。どうせ清掃員が掃除するだろうと思い、その割れたガラス瓶を足で通路の端によせた。

 並んで最初の頃は、周りの観客も元気が良かった。近くで並んでいる家族連れは熱気に耐え切れず、子供が熱射病になったら大変だといって母親は子供たちを連れてどこかに行った。父親らしき人物が一人で列に並び、疲れきった虚ろな目をして耐えている。

 朦朧とした意識に熱射病の不安がよぎる。日陰があるところまであと約二時間位かかるだろう。「愛・世界博」という国家の一大プロジェクトなのだから、このまま私が倒れても医療体制がしっかりしているので救護班がすぐに駆けつけてくれて、死んだりはしないと思う。

 それからまた一時間ほど時間が経過した。倒れずになんとか耐えた。

 ただ立って待つだけでほかに何もすることが無いので、思い出さなくてもいい記憶が勝手によみがえってきた。その記憶は昨日の夜と今朝の事務員との怪しい行為のことだ。私は事務員の誘惑に負けてしまった。何もしていないと他人には言い訳はできても、事務員の肌の感触を覚えている。今にも倒れそうな体調なのに女子事務員の引き締まった体を思い出して下半身が反応しはじめた。私の股間の一部分は最後までは役に立たないくせに、なんでこんなときに膨らむのだ。最初から立たなければ諦めがつくのに。私はズボンのポケットに手を入れ、腰を引いた体勢で何かを探すような仕草をして誤魔化そうとした。ポケットの中には電話があった。

 そうだ電話をかけて代わってもらおう。

 私は腰を引いたまま携帯電話を取り出し、おばちゃんの一人に電話をした。

「モシモシ、今どこにいるんですか。暑くて死にそうです。誰か代わってください」

 電話の向こうからおばちゃんが、

「どこにいると思う? ウフフ。そろそろ弱音を吐く頃だろうと思ったわ。後ろを振り向いてごらんなさいよ」

 と言ったので、私は振り向いてみた。十メートルぐらい離れたところでおばちゃんが携帯電話を持って歩いている。

 私は携帯電話を切っておばちゃんが近づいてくるのを待った。手には飲み物らしきものを入れたナイロン袋をぶら下げている。おばちゃんは私が腰を引いている格好を見て、

「あら、もっと疲れているのかと思ったら、あんた結構元気いいのね。私を見て興奮しちゃったのかしら? うちの旦那も若い頃は街中で私を見ると時々そんな変な格好してたからわかるのよ。若いっていいわね、助平さん。ぶっ倒れてたら替わってあげなきゃと思っていたけど安心したわ。まだ大丈夫よね。はい飲み物」

 と言ってナイロン袋の中からお茶のペットボトルを出し、親切にもキャップを開けて私に渡してくれた。私は何も言わず、そのお茶をもぎ取るように受け取って、飲み始めた。

 ああ生き返ったみたいだ。私が黙って飲んでいるのをいいことに、おばちゃんはそのまま、

「うふふ」

 と笑って去って行った。

 そしてまた一時間が経過し、やっと屋根があるところに辿り着いた。日陰に入ってもさっきまでの体の火照りはすぐには直らない。頭がズキズキ痛む。もう三十分日陰に入れなかったら、多分倒れていただろう。  外気温が高いので体温も高くなっている気がする。体全体が熱っぽい。少しでも風が吹けばいいのに全然吹かない。地面からの熱気がユラユラと立ち上っている。もう午後二時半だ。一番太陽が高くなる時間帯に、私は太陽の日差しをまともに浴びていたのだ。日陰になったとはいえ、体力は限界に近い。



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