愛・世界博 宇宙電波館(その42)



 日曜ということもあり昨日よりも入場者が多く感じる。せっかくここまで来たのに宇宙電波館を目前にして入場制限をかけられてしまうかもしれない。早くおばちゃん達から離れて自由になりたい。

 幹事である私が案内するというよりも、おばちゃん達の都合がいいように利用されそうな不安があった。暫く歩くと私たちはある人気パビリオンの前に到着した。すでに長蛇の列が出来ている。電光掲示板には五時間半待ちと表示されている。係員が「最後尾」というプラカードを持って立っている所に私は連行された。おばちゃんは私に言った。

「あんた逃げるんじゃないわよ。逃げたら昨日事務員と仲良くやってたことみんなにばらすわよ。いい? わかった?」

 私は反論した。

「さっき違うって言ったじゃないですか。いいかげんなこと言わないでください。怒りますよ」

 おばちゃんは不敵な笑みを浮かべ、

「本当だろうとそうでなかろうと、私の言うことが真実よ。いっしょにお酒を買って帰ったこと自体が怪しいのよ。私たちだけじゃなく、奥さんだってあの光景を見れば絶対疑うに決まってるわ。おとなしくしなさい」

 私の頭に妻の顔が浮かんだ。おばちゃんの言うことなど誰も半分ぐらいしか聞かないだろうが、世間は真実であろうとなかろうと、興味本位で自分が都合のいいほうを信じるものだ。そして特に当社の女性たちには不倫関係でのゴシップが最も好まれる話題である。有ること無いことでっち上げられて噂になり、家庭崩壊に至っている自分を想像して、私は黙ってしまった。

 我々が列に並んで暫くして、そのパビリオンは入場制限がかけられた。おばちゃんたちはお互いに目配せして、私に言った。

「暑いわね、喉渇いちゃった。何か買ってきてあげるからそのままここで並んでいてね。こんな所で並ぶの、私にはきついわ。もう一度言うけど、あんた逃げちゃだめよ」

 おばちゃん三人は列から離れ、日陰を求めてどこかに行ってしまった。寝不足の頭に太陽の光が降り注いでいる。私は鞄を帽子代わりにして頭に乗せた。額からの汗が顔を伝って落ちた。私は無言のまま、ゆっくりと前進を続ける行列に身を委ねていた。

 ジリジリと照りつける太陽の光。私の喉はカラカラに渇き、口の中がくっつき始めた。いったいいつになったらおばちゃんは飲み物を買ってきてくれるのだろう。近くの家族連れがペットボトルのお茶を回し飲みしている。私の喉がゴクリと鳴った。なんでもいいから水分が欲しい。二時間位経過したとき、一人のおばちゃんが飲み物らしきものを両手に持って帰ってきた。

 私は助かったと思った。おばちゃんが手に持っているものは今時珍しいガラス瓶入りのミルクセーキと、同じくガラス瓶入りのコーヒー牛乳だった。おばちゃんは、

「あんた、喉渇いてるでしょう。一本じゃ足りないと思って、二本買ってきたわよ」

 と言って、二本の瓶を私に差し出し、

「じゃ、がんばってね。あー暑い暑い。若いっていいわね」

 と、私が交代してくれと言う前に急いで去って行った。

 私は生ぬるくなった瓶を受け取ると、まずミルクセーキを一気に飲んだ。その飲み物は胸焼けがするほど甘ったるく、飲んだ後は口の中でネバネバする感じだ。全然水分を摂取した気がしない。もう一本のコーヒー牛乳も多分同じだろうなと思ったが、異常に喉が渇いているので一気に飲んでしまった。やはりミルクセーキに輪をかけたような甘さだった。それはコーヒーの色をしているが味は高濃度の砂糖の味だ。習慣的に飲むと胃に穴が開くだろう。

 なぜもっと爽やかな飲み物を買ってこないのだ。余計にヒリヒリと喉が渇いてしまったではないか。きっと人気がなく待ち時間が一番少ない飲み物売り場で買ってきたのだろう。私は頭に乗せた荷物を肩からぶら下げ、二本の空瓶を両手で持ち、行列に並び続けた。

 地面で焼かれた空気が立ち昇り、視界が揺らいでいる。眩暈がしているのか、景色が揺れているのか私にはよくわからなくなった。汗も出尽くして、唇が乾き、私が着ているシャツに塩の模様が出来ている。段々と意識が混濁してきて目を瞑って立っていた。

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