愛・世界博 宇宙電波館(その39)



 日頃、私は事務所にいるより営業で外にいることが多く、たまに事務所でデスクワークをするときは大抵が残業時間だ。事務員は要領がいいので余程忙しい時以外は残業をすることもなく、今まで会話といえば事務的なことばかりだ。しかも彼女には冗談が通じない雰囲気がある。

 私はこの会社に在籍して長いのだが、家族を話題にするときは同僚の営業と会社帰りに一杯飲む時に女房への愚痴をこぼすぐらいで、社内では特に結婚しているとか子供がいるとか言った覚えはなかった。だから女子事務員が私のことを独身だと勘違いしたのも無理はない。

 今日こそは単独で行動するのだ。先ほど彼女は別行動にすると言っていたので、私にとっては好都合だ。宇宙電波を浴び、すっきりして家に帰ろう。前回、宇宙電波館で射精してから三週間ぐらいは精液が出ていないので、かなり溜まっているはずなのだ。溜った物はどこに行くのだろう。まさか破裂したりはしないだろうな。タヌキの置物のように巨大に膨れてぶら下がった私の一部分を想像してしまった。

 下らないことを考えながら歩いていると、意外と早く集合場所に到着した。集合時間の約五分前だ。事務員は、少し頭が弱い男子アルバイトのそばに立っていた。酔っぱらいの営業マンの姿が見えないのでアルバイト君にどうしたのかと聞いてみた。

 酔っ払いは昨日駅で転んで他の客に踏みつけられた所が痛くて万博どころではなく、先に新幹線で帰ったらしい。世話の焼ける者がいなくなって、代わりに若い事務員が近くにいるものだから、アルバイト君の表情が心なしか緩んでいる。彼は事務員のことを気に入っているようだ。事務員もアルバイト君が思い通りに言うことを聞きそうなものだから、本日は彼を子分にしようと企んでいるのではないだろうか。

 事務員は私を無視している。私も彼女に声をかけようとも思わない。

 社長ともう一人の営業マンがやってきた。その営業マンは昨日、私と事務員の関係に対して疑惑を持っているような発言をしたが、結局、私と事務員の怪しい関係が現実になってしまった。

 社長はみんなの周りを歩いて朝の挨拶をしている。営業マンは私と事務員が離れたところに立っているのを見てから、私に近づいてきた。そして事務員の方をチラリと見て私の耳元で囁いた。

「おたくら、今日はなんだか仲が良くないみたいだけど、喧嘩でもしたのかな」

 心の中を見透かされているようで、私はドキッとしたが、なるべく小さい声で否定した。

「何を言ってるんですか、彼女とは何も関係ないですよ。変に勘ぐったりするのはやめてくださいよ」

 聞こえるはずがないのに、事務員は一瞬だけこちらを横目で見た。営業マンはニヤリとして社長のそばに行った。集合時間を五分ほど過ぎてようやくおばちゃん連中三人がやってきた。

 全員集合したのを確認した私は、みんなの前へ出た。そして本日の予定を発表しようと思い、挨拶をしかけた。

「皆さん、おはようござ……」

 私がほとんど何も言っていないのに、事務員がスタスタと前に出て横から口をはさんだ。

「みなさーん、おはようございまーす。これから電車に乗って、万博会場まで向かいまーす。その前に社長から一言おねがいしまーす」

 突然話を振られた社長が、話しのネタを何も準備していなかったのだが、社員の手前、昨日の宴会の終わりの挨拶もしていなかったので何も言わないわけにもいかないと思ったのか、しぶしぶと前に出てきた。社長は昨日宴会が終わって、さらに明け方まで飲んでいたと、言い訳がましい挨拶をした。

 事務員は、

「はい社長ありがとうございました。それでは会場に向かいます。皆さん、はぐれないようについてきてくださーい」

 と言ってみんなを連れて歩き始めた。帰りの乗車券と新幹線の切符は事務員が持っているのだが、ここから会場の駅までは、別に切符を買わなければいけない。会計を任されている私は慌てて自動販売機に行って人数分の切符を買い、みんなが待つ改札口に走った。営業マンと変な会話などをかわさずに先に切符を買っておけばよかった。

 私は改札前で列になって待っている社員達に息を切らして切符を配った。背中に一筋の汗が滑った。事務員は自分の切符を受け取ると、私に向かって、

「遅いです。切符がいるって分かってたら、少しぐらい早く来て切符は先に買っておいてくださいよ。時間がもったいないじゃないですか。段取りが悪いです。人気のパビリオンは五分遅れるとものすごい時間並んで待たなきゃいけなくなりますよ。ホテルからちんたら歩いてくるから、時間がなくなっちゃうんです。仕事でもお客さんをこんなに待たせたりするんですか? 」

 と言った。そして私が何か言おうとする前に、すぐに社員達の方を向き、

「それじゃ、みなさーん、電車に乗りまーす」

 と言って、社員達を引率していった。私は列の最後尾で、汗ばんだ拳を握りしめた。


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