愛・世界博 宇宙電波館(その30)



「みなさーん、ちょっといいですか。聞いてくださーい。明日は会場が朝の九時に開きますから、今日皆さんに集まっていただいた駅の改 札に朝八時に集合してください。朝食は皆さんが泊まっているホテルで各自食べてきてくださいね。ホテルのチケットといっしょに朝食券 も入っているはずですから失くさないようにしてください。もう一度言います。駅の改札に八時集合ですよ。忘れないでください」

 一同は彼女の大きな声にびっくりして、静かに彼女の言うことを聞いていたが、すぐにまた宴会場は喧騒にまみれた。

 それから時間が経過した。そしてコンパニオンのチーフらしき女性が幹事である私のところにやって来て、

「そろそろお時間なので延長なさいますか?」

 と耳元で言った。

 社長から渡されている予算の都合があるので安易にコンパニオンの延長は出来ない。延長の話は当たり障りのないように断った。コンパ ニオンたちがお互いに目配せをして一箇所に集結した。彼女たちは出口に近いところで正座し、挨拶をしてから深々と頭を下げ、帰って行 った。

 コンパニオン三名がいなくなっただけで、宴会場はかなり静かになった。特に男子アルバイト君がつまらなそうに黙ってしまった。隣の おばちゃんが欠伸をした。私も欠伸が出そうになったが、つられて欠伸をするのは恥ずかしいので口をつぐんだまま我慢をすると、涙だけ 出た。隣の事務員はおかまいなしに大口を開けている。

 もう宴会終了予定の九時を過ぎている。私は社長を見た。社長も退屈そうに欠伸をしている。酔っ払いの営業マンは横になって寝ている 。横の事務員が言った。

「白けちゃいましたね。もう解散しないと……」

 私が立ち上がろうとしたら、事務員が先に立ち上がって、声を発した。

「みなさん、お時間になったので解散にします。社長、一言どうぞ」

 社長は面倒くさそうに手を横に振って、もういいよという仕草をした。事務員は社長に向かって頷き、

「それでは、社長の挨拶は省略させてもらいます。明日は八時に駅の改札に集合なので、遅れないようにしてください」

 と言ってお辞儀をすると、まばらにパラパラと拍手が起きた。男子アルバイト君が寝ている営業マンを揺すって起こしている。

 私が会計を預かっているので、ここの店の支払いをしなければいけない。ほかの者たちはそれぞれ勝手に店の外に出て行った。ぼんやり と薄暗い行灯風の照明が灯っているレジで、百円均一コーナーで買った会計用の財布を取り出し、支払いをしていると後ろから女子事務員 が近づいてきた。他の社員達といっしょに店の外に出て行ったのかと思ったがここに残っていたのだ。彼女は私の耳元で店員に聞こえない ように囁いた。

「ここの外人店員、私、信用できないです。お金の計算ちゃんとできるのかしら。ごまかされないように私が後ろから見ててあげます」

 中近東風の店員は訝しげに私と事務員を見た。

 事務員は私がごまかされるとでも思っているのか。余計な心配は無用だ。私はあらかじめ予算を店に言っておいたので、間違うことなく 請求書がすでに作られていたのだ。私は料理代とコンパニオン代を払った。事務員は私の後ろで、私がお札を数えるのをじっと観察してい た。事務員が文句を言わないところを見ると、どうやら私は間違っていないようだ。

 店員は、この店の名前とこの地方の方言がたくさん書いてある手拭いを九枚、レジの足元に置いてあるダンボールから取り出した。店主 と店員が頭に巻いているやつだ。

「マタ、コチラニ来ルベキトキ、アレバ、コノ店マデ寄ルベシ。コノ手拭イハ、記念品デアルベクシテ、店ノ名前カイトルノデ覚エテオカ レマシ。マタの来店、気長ニマツ」

 結局、今日はこの店で宴会をしている客は我々だけのようだった。何年か経ってこの近辺に来る機会があっても、もうこの店には来ない だろう。うまい料理もあったが、値段の割にはたいしたことは無かった。この次に来るときは、この店はあるかどうかもわからない。いか に歴史がある店だからといって、客が来なければ商売にならないはずだ。安易に地元名産の鶏を使った料理というだけで店を決めなきゃよ かった。

 この店には店主と外人店員のほかには従業員が見当たらなかった。二人でやっているにしては広すぎる店だ。店構えからして、昔はこの 店も景気が良いときがあったのかもしれない。一時的にでも客が増えたら二人だけではどうしようもないだろう。

 私と事務員が店から出る時、店主と店員も見送りに出てきた。ほかの社員たちは私たちを待たずにどこかに行ってしまった。目の前には 、ただ賑やかな往来があるだけだ。私と事務員はその人ごみに混ざって歩き始めた。

 暫く歩いて後ろを振り返ると、まだ店主と店員が私たちに向かって手を振っている。記念に貰った手拭いは明日、東京に帰って解散する ときに配ろう。心無い社員が手拭いなんかいらないからといってこの近所に忘れたり捨てたりすれば、あまりにもあの二人に気の毒な気が するのだ。


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