愛・世界博 宇宙電波館(その23)


  事務員は目を瞑り、下を向いている。私は柔らかい彼女の体を抱いたまま、身動きが取れない。不意に電車が揺れた、少しだけバランスが崩れて、私も倒れそうになり、頭が彼女のほうに傾いた。そのとき彼女は急にこちらを向いたので、顔と顔が接近してしまった。私は避けようと思い、横を向きかけたが、彼女の唇と私の唇が少しだけ触れた。

 事務員はまた俯いて、私の体に手を廻した。いくら満員電車とはいえ公衆の面前で抱き合っていたら不自然だ。しかしもう一度、唇の感触を確かめてみたい。

 この電車は急行なので目的地の駅までは止まらない。いくつもの駅を通り過ぎ、沈黙の時間が続いている。いけないと分かっているのだが、また下半身の一部が反応を始めてしまった。やはり私の性的不能状態は一時的なものだったようだ。今、私が置かれているこの特別な状況下で精神的に回復したのかもしれない。しかし私の一部分が興奮しているということを彼女に知られるのは、恥ずかしいし、男の浅はかさを見透かされそうなので、私は彼女から離れて体をずらそうと思った。

 ところが、私が動く方へ彼女はくっついたまま動くのだ。全然、私から離れようとしない。さっきまで半分ぐらい固かったのに、動くたびに刺激されるものだから、すっかり臨戦態勢になってしまった。せめて腰ぐらいは引けないかと思ったが、あまり変な格好をすると周りから怪しまれるかもしれない。しかも彼女が私の腰の周りに手を回して抱きついているものだから、離れられない。

 恥ずかしいとは思いながら、快感に酔っている自分がいた。しかし間もなく到着駅だ。鞄が足元に落ちているので、拾っておかないと、電車を出るときの混雑で無くしてしまうかもしれない。私は彼女に囁いた。

「鞄を拾わなきゃ。ちょっとだけ、しゃがませてくれよ」

 彼女は私の体から手を離した。私はゆっくりと膝を曲げ、床に手を伸ばしていった。私の顔が彼女の頬から首筋へと下がっていき、胸の膨らみの辺りでようやく鞄に手が届いた。彼女は不意に私の頭に手を回し、私の横顔を自分の胸に引き寄せた。彼女の速い心臓の鼓動が聞こえる。そして私は頭を彼女の体に沿って徐々に上げていき、顔が接するところで一度動きを止め、一瞬だけ唇を合わせた。事務員の頬が熱くなっている。

 やがて満員電車は駅のホームで停車した。万博の客は、ほとんどその駅で降りるので、私たちも押し出された。ドアが閉まる前に車内を見ると、人がまばらになっていて、つぶれた土産物の袋が幾つか落ちていた。

 私は股間の膨らみが分からないように、鞄を体の前で持ち、収まるまで、暫くホームの邪魔にならないところで、じっと立っていた。事務員は私の横に立ち、線路のほうを向いて言った。

 「私たちのほうが早く着いちゃいましたね。私たちが乗ったのが急行だから、普通電車のみんなをどこかの駅で追い越したみたいです。でもよかった、他の人たちと一緒でなくて」

 私の理性が効かなくなる前に、この関係を発展させないようにしないと、大変なことになりそうだ。私はこの事務員に好意は持っていないが、状況が整えば、さらに一歩踏み込んだ関係になってしまうかもしれない。私は黙って、線路を眺めていた。


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