愛・世界博 宇宙電波館(その22)


 離ればなれにならないように事務員と私で、柵の中に羊を追い込む牧羊犬のように、社員を駅のホームに誘導していった。なぜか私と事務員はその時だけ、息が合った。

  電車がホームに滑り込んできた。電車のドアが開くと一斉に万博の客が押し寄せていく。私たちの一行は僅かに出遅れてしまった。私と事務員でほかの社員たちを混雑した電車の中に押し込んでいった。あちこちでベキベキという土産物がつぶれる音が聞こえる。子供が持っている風船が、パンッとはじけた。

 発車のブザーが鳴ってドアが閉まり始めた。私と事務員は社員たちを乗せるのにやっとで、自分たちは乗車できず、ドアに腕を挟まれそうになったので、乗車を諦め、私は電車の中に向かって叫んだ。

「向こうで降りたところのホームで待っていてください。次の電車で必ず行きます」

 電車のドアが閉まった。事務員はこちらを見てニッコリとして、言った。

「みんな、モタモタしているから、私たちだけ乗り遅れちゃいましたね」

 私は彼女がまだ不機嫌なのかと思っていたが、案外、気持ちの切り替えが早いのが不思議だった。その時の彼女の笑顔が少し眩しく感じてしまった。

「みんな、ちゃんと目的地で降りるかな。社長もいるから大丈夫だよね」

 私と事務員は顔を見合わせて笑った。面倒くさいアルバイトのおばさんや酔っぱらいが近くにいないと、いくらか気が楽だ。

 間もなくして次の電車がやってきた。飾りが折れた帽子を被っていた子供が泣きながらホームを歩いていたが、電車の風圧で帽子が飛んで、電車の連結部分の隙間から線路に落ちた。さらに大泣きする子供の手を、その母親らしき人が、なだめながら引っ張って行った。

 電車のドアが開くと、私たちは容赦なく後ろから押されて中に詰め込まれていった。私の手に持っている鞄を離さないようにするのがやっとで、流れに身を任せていくしかない。事務員も私にピッタリとくっついて乗車した。満員電車で押されていくうちに、彼女はこちらを向いて私の前に立ち、私に身を預け、頭を私の胸にくっつけた。私の頭の中に妻の顔がよぎった。まずいなと思って、彼女に分かるように呟いた。

 「ちょっと息苦しいな……」

 本当に変な気分になってしまいそうだ。顔見知りの人間とはいえ、この状況で私が下手に動くと、彼女のことだから、セクハラで騒ぎかねない。しかし彼女は上目使いにこちらを見て、

「満員電車なんだから仕方ないじゃないですか」

 と囁いて、余計に体を密着させてきた。私は少しバランスを崩し、思わず彼女の腰に、鞄を持っていない方の手を廻すと、彼女は体の力が抜けたようになり、

「ああ……」

 と溜息を漏らして私に体を委ねた。ほっといたら彼女は倒れてしまいそうだ。きっと彼女はわざとそんなふうにしているのだと思う。私は鞄を離し、彼女が倒れないように両手で、さらにきつく抱きかかえた。鞄は隣の人と私の間に挟まれていたが、やがて足元にずり落ちた。


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