愛・世界博 宇宙電波館(その24)



 私の一部分の興奮が収まってきたので、鞄を地面に置いて時計を見た。もう六時前だ。早くホテルのチェックインを済ませて、宴会場に向かわないと、遅れてしまう。

 私たちが駅に到着してから五分ぐらいして、すし詰めの普通電車がやってきた。電車のドアが開くと、たくさんの乗客に混ざって、社員達が降りてきた。まず社長が出てきた後、酔っぱらいの営業マンが電車から出ると何かにつまずいて転んだ。他の乗客数名がよけきれずに、酔っぱらいを踏んだ。男子アルバイトと、もう一人の調子のいい営業マンが慌てて、彼の腕を引っ張り、ホームのベンチのあたりまで引きずっていった。酔っぱらいはボロ雑巾のように横たわっている。私と事務員も慌てて駆け寄った。

 アルバイトのおばちゃん三人は、扉が閉まる直前に、大声で話をしながら、ゆっくりと出てきた。あの混雑の中で、どうやって座ったのか分からないが、座席に座っていたみたいだ。おばちゃんの一人が私に声をかけた。

「なんで私たちより後に乗ったのに、先に着いているのよ。自分たちだけ急行に乗ってきたんでしょう。ずるいわね」

 文句を言う前に、今の状況を少しは見てくれ。たまたま普通電車が先に来ただけじゃないか。しかし、おばちゃんたちに刃向かうと後で何倍にもなって帰ってきそうだから、とりあえず謝っておこう。わたしは、おばちゃんたちに何とか言い訳をしてその場は逃れた。

 酔っ払いの営業マンを私と男子アルバイト君で抱えて起こした。足取りがおぼつかないので、アルバイト君が背負っていくことになった。彼は頭の中身はともかくとして体力が人並み以上にある。

 駅の改札を出ると、私はみんなに言った。

「これから皆さんをホテルにご案内しますが、あまり時間がないので、ホテルで荷物を置いたらすぐにこの場所に集まってください。この場所に皆さんが集まり次第、宴会場のある料理店まで案内します」

 女子事務員も言った。

「皆さん、この場所ですよ。ここを覚えておいてください。それでは、ついてきてください」

 彼女は先頭に立って、歩き始めた。まず社長とおばちゃん三人を、まともなホテルに案内した。そして男子アルバイト君と酔っ払いの営業マンを次のビジネスホテルに連れて行った。調子のいい営業マンをまた違うビジネスホテルに案内してから、事務員と私が連れ立って私たちが泊まるホテルに行こうとしたら、

「ふーん。おたくら、そういう関係なわけ? 」

 と営業マンがつぶやいた。私はギクッとして止まった。

 私の後ろを歩いていた事務員は振り向いて、

「違います。誤解です。こんなさえない人と変な関係なんて、ありえないです。私を馬鹿にしないでください。普通、幹事が一番貧相なホテルに泊まることになっているんです。私たちは皆さんをお世話するために旅行に来ているんですから、仕方ないんです」

 と言って、私の方を振り向いて素早くウインクした。

 営業マンはやれやれという仕草をして踵を返すと、エレベーターに乗って部屋に上がっていった。

 それにしても何だ、あの言い方は。事務員は私をあんな風に思っていたのか。しかも彼女は幹事のアシスタントを勝手にやっているだけだ。私たちがホテルを出て、自動ドアが閉まった後に事務員が歩きながら言った。

「失礼しちゃうわ。変に勘ぐられても困りますよね。そんなこと言ったら、社長とアルバイトのおばちゃん達も同じホテルだからあっちの方を疑えばいいのに……。あの人、私たちが一緒に電車に乗ってるとこ、見たのかしら。たまたま満員電車でくっついて乗っただけですよね。同じ会社の社員なんだから、離れて乗ってもおかしいです。それに唇だって、偶然当たっただけですもんね」

 偶然でそんな風にはならない。しかし私も電車の中で起こったことは事実として認めることは出来ない。無かったことにしたほうがいいに決まっている。私はひとまず彼女の意見に同意しよう。

「そうだよね、あんなに混んでいたら、どうしてもくっついちゃうよね。今度からあんなに近づかないように気をつけよう。疑われたら困るからね」

 彼女は首を横に振って語気を強めて言った。

「違うんです。気をつけなくっていいんです。気をつけてもあんなに混んでいたら、くっつくのが当たり前なんです。しょうがないと思って諦めてください。私、セクハラだなんて絶対思ってませんから」

 私たちはそれから会話をすることなくホテルに向かって歩いていった。


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