愛・世界博 宇宙電波館(その19)



 ちょっと待てよ。

  妻の顔がまたしても浮かんだ。私はなんで彼女とこうやって腕を組んでじっとしているのだ。人混みの中で立ち止まっているものだから、他の客がひっきりなしにぶつかって通り過ぎてゆく。 私は突然、我に帰って辺りを見回して言った。

「まずいよ。これは。会社の誰かに見られたらどうするんだ」

  事務員は慌てて手を離した。あやうく私もその気になってしまうところだった。私たちは通路脇の通行の邪魔にならない所まで行った。  彼女は言った。

「ごめんなさい。最近、彼氏と別れたばっかりで寂しかったんです。だってうちの会社って、まともな人なんかいないじゃないですか。それに私の言うことを聞いてくれる人もいないし。社員旅行なんだから、自由にしたかったんです。でも、一人じゃ退屈だし、他の人だったら、自分のことばっかり考えて、私が行きたいところに行けないじゃないですか。私って、我儘な人が大嫌いなんです」

 彼女にも彼氏がいたことがあるのか。強がりを言っているだけじゃないのか。勝手に彼氏だと思い込んでいただけではないのか。私の疑問は膨らんだが、私にはどっちでもいいことだ。私が都合よくこいつの我儘を黙って聞いてやるとでも思ったのか。こいつのせいで宇宙電波館に行きそびれたじゃないか。彼女の方がよっぽど自分勝手で、我儘でどうしようもないぞ。どうせ自分の都合のいいことばかり言って嫌われたのだろう。私も頭に来たが、腕時計を見ると集合時間も近づいてきているので、

「そろそろゲートの所に行って待ってないと、みんなが集まってくるよ。また話は聞いてあげるから、急ごう」

 と言った。私は長年、営業でお客さんのサービス第一に考えているので、いわれのないクレームにも怒りを表に出さない癖が付いている。つい、彼女にも怒りを見せることなく、お人好しの自分を出してしまった。また彼女が図に乗らなければいいが。

 私は、走らなくても間に合いそうなのに、ゲートに向かって勢いよく走り始めた。彼女は私を追いかけながら、

「待ってくださいよー。置いていかないでくださいよー」

 と叫んでいる。集合場所でどうせ顔を合わせるのだからゆっくり来ればいいのだ。もともと一緒に行動する義理など無い。待ってなんかやるものか。と思っていたが、彼女の叫ぶ声が段々と近づいてくる。私は最初から全力で走り始めてしまったので、すぐに息が切れて、思うように足が動かなかったのだ。私は走るのをやめ、肩で息をしながら、ゆっくりと歩き出した。彼女はすぐに私に追いついた。

「まだ時間がありますから、急がなくったって大丈夫ですよ。それにみんな、仕事じゃない時はいいかげんだから、どうせまだ誰も来てませんよ」

 急いでいたのではない。身勝手な女から早く離れたかっただけだ。しかし私のそばに彼女は存在している。私は観念して二人で集合場所の入場ゲートまで歩いていった。案の定、ゲート前に社員達は誰も来ていなかった。

 集合まであと十五分ぐらいある。私は本当に疲れたので集合時間まで休むことにした。自分のカバンを枕代わりにして地べたに横になった。他の団体でも幹事らしき人物が同じように待ちくたびれて横になっているので、この会場に限っていえば、地べたに寝そべっているという行為は特に不自然なことではない。事務員は私のそばに立って周りを見ていたが、暫くすると、彼女も疲れているのか、体育座りで膝に頭をもたれてウトウトしはじめた。


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