愛・世界博 宇宙電波館(その18)



  意外とうまいじゃないか。と思ったが暫く咀嚼していると、じわじわと辛さが襲ってきた。辛いというより痛い感じだ。口内炎でも出来ていると絶対食えないだろう。そのあと呼吸をすると痛辛い臭気が気管に入り私もむせてしまった。

「ぐほっ」

 咳と同時に麺の欠片が鼻の奥に入ってしまった。鼻の奥が焼けるように痛い。テーブルの上にあった紙ナプキンで鼻をかんだ。赤い唐辛子の粒子が混ざった鼻水が紙ナプキンに付着している。そのレストランはエアコンが効いているが、鼻の頭にじわりと汗が出てきた。しかしその猛烈な辛さの中にも深い味わいがあり、事務員が言っているように意外とうまい。

  洗面器に手をつけて、逆剥けの部分を洗いながら言った。

「ほんとうだ。辛すぎるけど食えないこともないね。店員はきっと日本人は金持っていると勘違いして高いやつを薦めるんだよ。」

 事務員も頷きながら言った。

「そうですよね。安月給に時々我慢できなくて、お布団をかぶって、大声で社長の悪口言って泣いちゃうことありますもんね。でも、この料理、メニュー見ると、どんな料理か判らなかったけど、これにして正解でしたね」

 いくらなんでも私は布団の中で泣いたことはないぞ。

  それから私たちは汗を拭きながら黙々と真っ赤なスパゲッティのようなものを手で口に運んだ。唐辛子で唇が熱くなった。

 事務員が食後のアイスティーを飲み終わって私たちはレストランを出た。多分、自分では判らないが、息が臭いかもしれない。でも二人とも同じ物を食べているので、少なくとも私たち二人にはお互いの臭いはわからない。

 集合時間まであと一時間ぐらいあるので私たちは適当に会場内をあてもなく歩いた。特に会話もせずに黙って歩いていたが、時々、混雑した場所で他の客とすれ違うとき、私と女子事務員の距離が近づき、体や手が触れることがあった。その度に私は慌ててよけたが、女子事務員は慌てた私を見て、少し笑ったように見えた。

  いかん、変な気分になってきた。自制心を持たなければ。私自身の体はまだ反応しないが、感情が傾きつつあった。

 私は動揺を彼女に悟られまいと、彼女から少し遅れて二歩ぐらいの距離を置いて歩いた。突然、彼女が止まってこちらを振り向いた。危うく顔と顔が接触しそうなほど接近し、彼女の息を感じた。彼女は私をじっと見ながら、

「なんで私の後ろを歩いたりするんですか。私、後ろから見られるのって苦手なんです。横にいてください」

 と言って、私の手を引っ張った。引っ張られた勢いで、また体が接触した。


 彼女の胸と私の腕が密着し、そのまま彼女は自分の腕を私の腕に絡めた。雑踏の中、周りの人たちはどんどん流れていくのに、私たちの時間は止まっていた。

 ああ、このままずっとこうしていたい。




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