愛・世界博 宇宙電波館(その16)


 ただ、たとえ彼女が私を誘惑したとしても、今現在、私は人間の女性に対しては性的不能の状態であるので、行為に及ぶには至らないであろう。話し相手にはなってやってもいいかもしれない。多分彼女の性格では、余程の物好きでなければ付き合おうと思う男性はいないであろう。毎日経理の仕事をして、会社内では孤独にさいなまれているのかもしれない。その反動で、しつこいほどおせっかいな性格になってしまったのだと思う。  

  そう考えると、少しだけ彼女がかわいそうに思えて、同じ会社の同僚として今日ぐらいは面倒を見てやってもいいかなと思った。今現在、時刻は午後二時を回り、今からここで飯を食った後、宇宙電波館まで歩いていって、二時間並んだら、集合時間の午後四時に間に合わなくなってしまう。幹事が時間に遅れたらみっともないし、明日もここに来るので今日は入館を諦めよう。とりあえず間が持たないので当たり障りのない話でもするか。

「いっしょにいても別に構わないよ。ただ一人で買い物がしたかっただけだよ。せっかく万博に来たんだからここにしかない珍しいものを一人で探したかったんだ。特にうちの会社で取り扱い出来そうな雑貨を見て回って研究したかったし……」

「仕事熱心なんですね。でも最初、頼まれたおみやげを買いにいくって言ってましたよね。それで今は自分の買い物があるっていうし、さっきはトイレに行くって言って別の方向に行くし、本当は何がしたいんですか? 私、分らないし、納得できないです。探し物があるのなら、私でよかったら探すの手伝いますよ」

「助かるよ。でもこれといって何を買って帰るか特に決めていないんだ。一人だと自由が利くし、ゆっくりできると思ってね。トイレに行くフリをしたのも実は一人で万博を楽しみたかったからなのさ。今日はもう集合時間までそんなに時間はないから、君といっしょに万博を見て回ってもいいかな。でもね、明日は本当に君にかまってあげられないかもしれないよ。いっぱい見るところがあるんだから、僕なんかといっしょにいても退屈なだけだろ」

 彼女は私の目をじっと見つめて言った。  

「そんなに冷たくしなくてもいいじゃないですか。ひどいですよ。私が邪魔なんですね。絶対に邪魔なんかしませんから、私を一人にしないでくださいよ。ほかの人といっしょにいるのは嫌なんです。でもお腹、空きましたね。まだかしら」  

  私たちは、レストランのスタッフがかたまって雑談しているほうを見た。

  こちらの視線に気づいたのか、スタッフの一人がこちらを見た。そしてそれにつられてスタッフ全員がこちらを見た。料理はすでに出来上がっているようで、厨房のカウンターの上に二つの同じ料理が乗っかっている。スタッフたちはお互いに顔を見合わせ、誰がこっちに料理を持ってくるのか目配せをして、静かな戦いをし始めた。どの店員も自分から行こうという主体性はないらしく、顔を見合わせたままじっとしている。業を煮やして料理長兼マネージャーらしき人が現地の言葉で厨房の奥から何か指示を出した。  

  私たちの料理ぐらいはお盆に乗せれば一人で持ってこられるはずなのに、一人は私のおしぼりを一つ持ってきて、次の人は彼女のおしぼりを持ってきて、その次の人は料理一皿という具合に、めいめい一つずつ入れ替わりで持ってくる。そのうちの一人に何か聞こうと思って話しかけたら、逃げるように奥に引っ込んだ。日本語が解らないらしい。この店でかろうじて日本語が出来るのは、注文を取りにきた体のごつい店員だけなのであろう。

 出てきた料理はスパゲッティと焼きうどんの中間ぐらいの太さの麺で、真っ赤に唐辛子がからめてある。ニンニクもきいているようだ。料理に顔を近づけると香辛料の香りが目にしみる。思わずむせてしまいそうな臭いだ。


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