愛・世界博 宇宙電波館(その15)


  私たちは店に入り、店内を見回すと、数人の日本人客と、客より多い現地人スタッフがいた。どうみても不人気店のようだ。ほかのレストランはもっと混んでいる。私たちが店に入っても店員たちは現地の言葉で無駄話をしていて、私たちが来たことに気づいていないようだ。


  暫くして、口ひげをはやした体のごつい店員が私と目があって、こちらに気づき、たどたどしい日本語で注文を取りに来た。


「何ヲ食ベルマスカ。メニュー見テ選ベラレヨ」  


  茶色い麻布に紙を貼り付けてあるメニューをバサッとテーブルの上に投げて、水の入っていないガラスコップを二つ置き、近くにある水の入ったガラスポットを指差した。そのポットには「ご自由にどうぞ」と書いてある紙が張ってあった。  喉が渇いていたので私たちはめいめいに水をコップに注ぎ、ゴクゴクと飲んで、あっという間になまぬるいポットの水が無くなった。横で見ていた店員は空のポットを近くのテーブルにあった水が半分くらい入ったポットと交換して、私たちのテーブルにドンと置いて言った。


「早クキメラレヨ、ナニヲ食ワレルカ? 」  


  私たちはメニューを見たが料理の名前と値段のほかには何も書いていない。店員も日本語があまり得意ではないようだ。メニューについて説明を求めても的確な答えが帰ってきそうにない。私たちが黙って考えている間、店員はどこへも行かずテーブルのそばにボーッと立っている。事務員が口を開いた。


「ここのお店ではなにがお勧めですか? 」  


  店員は言った。  


  「アノネー、ドレモ食エルヨ。トットト決メナサレマシ」


 私はメニューに書いてある一番安いのを指差した。


「ソレハ、ダメネ、ウマイコトナシ。コレガ良イデアルベシ」  


  店員はメニューに書いてある一番高い料理を指差した。私は店員の薦めを無視して一番安いやつを注文した。


「僕はこれにするよ」  


  事務員も言った。


「私も同じでいいわ、あとアイスティー」  


  店員はメモ用紙に注文を書いて奥に引っ込んだ。  どんな料理がくるのか分からないが、まさか万博で腹が痛くなるような料理は出さないだろう。料理がくるまでの間、私は窓の外の賑わいを眺めていたら、事務員が私に話しかけてきた。


「こうやって二人でいるとなんだかデートしてるみたいですね。私、社長達と別れて一人で歩いてたら心細くなっちゃって、知ってる人に会えてよかったです。でも私たちと別れて本当はトイレなんか行ってないでしょう。途中からトイレと違う方向に曲がったのを私見ちゃったんです。それで社長と別れた後、曲がった方向に行けば絶対会えると思ったんです。私がいっしょにいるとだめですか?」


  私の頭の中に妻と子供の顔が浮かんできた。この愛・世界博に来るまでに、彼女がやたらと私のそばにいたのは、もしかしたら私から旅行の幹事の座を奪おうとしていたのではなく、ただ単に私と一緒に居たかっただけなのかもしれない。興味半分で変な関係になったらまずいぞ。人の話は聞かないが勘だけは鋭いアルバイトのおばちゃん達の恰好の餌食になってしまう。下手すると会社を辞めなければいけなくなるかもしれない。吹けば飛ぶような小さな会社とはいえ、この時期、仕事が無くなると非常に困るし、妻に愛想をつかれてはどこにも行き場がなくなってしまう。



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