愛・世界博 宇宙電波館(その8)


  その女子事務員は二十代前半、独身で、社内の行事があるときは事務の仕事をほったらかしにしてでもやりたがる面倒見のよい性格で今回の社員旅行も幹事が私になったということで、自分が旅行を仕切れないため、かなりがっかりしたみたいだった。社長も私が幹事を引き受けたことで、社内の事務の仕事が止まらなくて内心ほっとしているようだ。

  なにせ会社の事務は彼女と、アルバイトのおばちゃんの二人だけでやっているのだ。しかも商業高校を出て経理の知識があるのは彼女だけで、彼女の指示が無いとアルバイトのおばちゃんも動かないし、仕入れ、売り上げの入出金もできない。もし彼女が幹事をすると社員旅行の段取りのほうが面白いために数日間は会社の経理業務が停止し、会社組織が機能しなくなる恐れがある。優秀な社員といえば優秀なのだが時々でしゃばりすぎるのが欠点だ。

  多分、彼女は社員旅行のイニシアチブを私から奪うためにわざと新幹線の席を私の隣になるようにチケットを配布したに違いない。しかも旅行前に予約が取れたホテルの希望を取るときに、私は皆に悪いと思って最低ランクのビジネスホテルを自分で最初に名前を書いて社内の回覧板で次に回した。どういうわけか彼女が回覧板を持って回って、たまたまもう一部屋空いていた私が泊まるホテルに彼女も泊まるようにわざと仕向けていた。女子社員はせっかく優先的にいいホテルに泊まれるように決めたのに、そんなんじゃ最初に決めたことが反古になってしまうじゃないか。しかも彼女が安ホテルに泊まるということをほかの女子社員が知ってしまうと攻撃を受けるのは私だろう。しかし彼女が自分で回覧板を持って回ったため、誰がどこに泊まるかはそれぞれ本人と幹事の私と彼女しか知らない。ほかの女子社員と社長は予定通りもっとまともなホテルに泊まるようになっていた。

  隣の席で女子事務員はしきりにこの社員旅行について、万博以外にも観光スポットがたくさんあるので自由時間を減らしてでも、行ってみるべきだとか、自分だったらああする、こうするといろんな企画を私に進言してくる。もう決めたんだから余計なことを言わないでくれよと思ったが、文句を言うと百倍ぐらいの言葉が機関銃の弾丸のように帰ってきそうだ。面倒臭いので、真剣に聞いているフリをして適当に相槌を打っていた。

  彼女が言っていることを冷静に分析してみると、私が頼んだわけではないのに自分のことを幹事の補佐だと勝手に思っているようだ。そして驚いた事に他の社員達も何の疑いもなく彼女を私のアシスタントと思っているようだ。旅行のスケジュールやホテルの場所等の質問にはほとんど彼女が答えていた。私が社内回覧板を彼女に回した時点で、回覧板のデータをもとに独自で観光名所や万博の見所等を綿密に調べていたのだろう。私が知らないことまで知っている。

  私がそんなことを考えながら彼女の話を聞いていたのだが、その様子を他の者達は全然、意に介していないようだ。めいめい勝手にビールだ、酒だ、つまみだと騒いでいる。アルバイトのおばちゃん達はひたすらお菓子をボリボリ食いながら、社長に聞こえているのは分かっているのに社長の悪口を大声で言っている。社長はじっと耐えているようだ。

  悪口の矛先がこちらに向くのも時間の問題だ。彼女たちにとって悪口ほど楽しい話題はないようだ。新幹線の車内は私たち一行のまわりだけ騒がしく、他の乗客にかなりの迷惑をかけていると思う。幹事の私が注意しなければいけないのだが、勇気がなくてできないし、私が何か言うスキを与えないほど隣の女子事務員がしゃべりっぱなしで身動きが取れない。

 心の底で、社長なんとかしろよと思ったのだが悪口に耐えるのに精一杯のようで、じっと知らん顔をしている。他の乗客を見ると迷惑そうな表情はしているものの、誰も注意しに来ない。誰か善意の第三者が来て注意するなり、車掌に言いつけて注意して貰うなり、迷惑なら何か行動を起こせよ。

  日頃のどんよりとした低姿勢な社内の雰囲気では考えられないぐらいのテンションの高さだ。私を含め、みんな余程ストレスをためているに違いない。

  おばちゃん達の話題が、悪口とは全然関係ない自分たちの家や実家で飼っているペットの自慢話に変わり、しばらくして新幹線は駅に着いた。私たち一行はそこで在来線に乗り換え、万博会場に向かっていく。もちろん引率していくのは私のはずだったが、あの女子事務員がどこからか持ってきた旗を持って全員を引っ張っていった。

  それから程なくして会場に到着した。



その7へもどる  つづく
電波館topへもどる
  © 2005 田中スコップ 路上のゴム手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送