天狗(その1)

 深夜の部品工場で僕は数台のマシンを使って金属加工をしている。毎日同じ仕事の繰り返しで時々絶望感に襲われる事がある。しかし最近では仕事に慣れて、いかに絶望していても体が勝手に動いてくれるので仕事をしながら悲観にくれていれば適当に時間が経過してゆく。

 広い工場の天井には水銀灯がぶらさがって下を照らしている。節約のためか所々電球を間引いているので光量が十分ではなく工場全体が薄暗い。僕のいる生産ラインのほかにも沢山のラインがありそれぞれ担当作業員が機械を動かしている。深夜にもかかわらず「キー」という金属が削れる不快な音や「ゴーゴー」という色んな音が混ざりあった騒音で工場全体がやかましく、耳栓をしていなければ難聴になりそうである。

 いくら経費節約で照明を少なくしても作業している手元が見えなければ仕事にならないので機械のまわりだけ蛍光灯が点っている。広い工場内で稼動している機械の場所が点々と明るく、無表情で仕事をしている作業員の横顔をその蛍光灯がぼんやりと照らしている。

 夜勤では班長やそれ以上の役職の管理者がいない。夜勤作業をしているのは若くて経験が浅い者か年を食っていても出世コースから外れている者のどちらかである。僕はもう若くはないが中途採用のため入社してまだ三年目である。会社には僕と同じくらいの年齢ですでに課長になっている者もいる。

 もっとも僕には人に指図するような能力を持ち合わせていないし、単なる作業員として雇われているため出世など望むべくもない。それにこんなにきつい仕事をいつまでもやっていられない。会社に対する忠誠心も向上心もなくほかに楽で給料が多い仕事があればいつでも辞めてやろうと思っている。

 無難に生きていけばそれでいい。とにかく食うに困らなければいいのだ。しかし今までの人生を適当に過ごしてきたため、この仕事以外では何もできそうにない。クビになると何のとりえもなく年齢だけ重ねた自分を雇ってくれる所などなさそうである。とにかく解雇されないように毎日びくびくしながら仕事をこなしている。

 僕は腕時計を見た。もう夜中の三時を回っている。いつも同じ姿勢なので体が固くなっている。僕は眠い目をこすり、こった肩を指で押さえた。

 少し緊張感がゆるんであたりの音に耳を傾けた。

 また今日も天狗の気配を感じる。どこから来るのだろうか。この工場には時々天狗が出没するのだ。

 今は僕がいる場所からその天狗の姿は見えない。

 工場の騒音に混ざって

「カッ、カッ……」

 という天狗が一本足の高下駄を鳴らして歩く音がかすかに聞こえる。

 (2009.05.02)  

つづく  
作品topにもどる  
 © 2009 田中スコップ 路上のゴム手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送