皿 (その2)



 着いた所は岩場の崖だ。怖いので這いつくばって崖の先端近くまで行ってみたが下が見えない。そろりそろりと後ずさりして一つの岩に腰を下ろした。

 そこには初夏の爽やかな風が吹いている。私はカバンの中からつぶれたおにぎり二個を取り出して食べ、お茶を飲んだ。時計も携帯も家に置いてきたため今が何時なのかわからない。太陽が高いのでおそらく昼頃だろう。

 私は暫くの間、景色を眺めた。

 数分後。

 カバンから一枚、皿を取り出すと力いっぱい谷に向かって投げた。

 静かな谷に

 「ガッシャーン」

 という音がこだまする。今度は小さめの皿を投げてみた。

 「パリーン」

 という音が響く。

 二枚目を投げた後、私の背後からガチャガチャと音を立てて数人が登ってきた。私が振り向くと、

「ああ、やっていますね」

 と誰かが声をかけてきた。私は返答の言葉が見つからないので愛想笑いをして会釈をした。それぞれが重そうなカバンを持っている。ある人はリュックを担ぎ、さらに両手にカバンをぶら下げている。ここに来るまでさぞ重かったことであろう。

 年齢も性別もバラバラで会話内容と雰囲気から察すると皆別々の所から来た面識のない人達のようだ。たまたま同じ時間に同じ場所に来て同じことをしようとしている。

 私は先に来ていたため平らな場所の丁度いい高さの岩に腰かけていたのだが、そんな足場のいい場所は少ない。皆、私の近くにぞろぞろとやってきた。やはり私の周りが一番安全で皿を投げやすいと思ったのだろう。しかし何人も近くにいると皿を投げにくい。一人が近くに腰を下ろそうとすると、

 「あちらのほうが景色よさそうですよ」

 と別の者が危険な場所を指さしてそこに移動させようとした。その座ろうとしていた者が振り向き、一瞬迷った隙にさらに別の者が

 「ああ重い。もうだめだわ」

 とわざとらしく言ってその場所に荷物を置いて占領してしまった。

 周りの者は厳しい視線を投げかけたのだがそんなことはまるで意に介していないようだ。文句を言おうものなら感情的な理詰めで逆切れしそうな雰囲気が漂っている人物だ。面倒なことになったら困ると思ったのか中腰になったまま尻の下に荷物を置かれた者は

 「やれやれ」

 と言って別の場所に移動した。

 私が座っている場所が皆から注目されている。先に来たからといってこの場所は私の物ではない。きつく言われたら私のような口下手は何も言い返せないだろう。私は皿を両手に持ったまま、ほかの人間と目を合わせず固まっていた。しかしこの場所を譲るわけにはいかないのだ。絶対に動かない。

 暫く穏やかな駆け引きが行われ、お互い喧嘩に発展することもなく暗黙の力関係に基づいた位置に収まった。私が座っている岩も半分明け渡さなければならなかった。

 そして皆が自分の皿を投げ始めた。

 谷底のあちこちから皿が割れる音が響く。中には五枚ぐらいを一度に投げる人もいる。偶然にも私が投げた皿が他の人の投げた皿と空中衝突したこともあった。

 すべての者が持ってきた皿を投げ終わると谷はまた静寂に包まれた。

 私が谷に向かい視点を定めず余韻に浸っていると一人の者が立ち上がった。そしてそれに続いて他の者もゆっくりと動き始め、皆無言で自分が来た方向へ三々五々ぞろぞろと帰っていった。

(2018.12.03)  

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