「おなかのコード」 (その1)



 畳二畳ほどの狭い部屋、壁も床もコンクリートでできていて床には滑り止めのため黒いゴムのシートが敷いてある。そこには窓はなく水道もトイレも換気扇もない。照明は天井から電球が一つぶらさがっているだけだ。壁にはスチールの棚が立っていて潤滑油や工具が並んでいる。その部屋は生活の場というより格納庫である。

 重い鋼鉄製のドアが開き部屋の住人が帰ってきた。

 部屋の住人は二足歩行をする人間型の汎用ロボットであった。

 彼には持ち主がいない。前の持ち主は新型のロボットを購入したため彼は中古品として売られる事になった。しかし型遅れのロボットにはなかなか買い手が付かない。彼は記録を消去され専用工具や取扱説明書、廃ロボット証明書等が入った袋を背負ってスクラップ場に廃棄された。

 彼は電源を切られてスクラップ場の片隅で解体されるのを静かに待っていた。しかしそこの職員がまだ使えそうだと思い動作チェックのため電源を入れる信号を送った。そしてチェックを済ませた後その職員は電源を切るのを忘れていた。

 ロボットは電源が入っていてもじっとしていることがあり、スイッチが切れているとよく勘違いされる。しかし一定時間止まっていると自分で自分の動作を点検するため突然動き始めることもある。持ち主からの指令がなく帰るところもない彼は労働する場所を探して動き始めた。とりとめもなく彷徨っていた彼はロボットネットワークと呼ばれる組織のエージェントに捕獲され新しい生活を送るようになった。

 ロボットである彼は何らかの労働を人間に提供するようプログラムされている。ソフトウエアの進歩により汎用ロボットは人間がいちいち仕事の細かいところまで指令しなくても勝手に判断して動く事ができる。

 また彼は自分自身をメンテナンスするようにもプログラムされている。仕事が終わると自分の格納庫に帰って壊れた部分を補修しバッテリーの充電を行う。そのため住居費、電気代やメンテナンス費用が必要となる。廃ロボットが自分を維持するためには新たな所有者を探すか自分で費用を稼ぐしかない。

 ロボットが普及してくると彼のように捨てられたロボットがあちこちで増えて社会問題となった。持ち主がわからず道端で止まったまま放置してあるものや、見ず知らずの職場に紛れ込み勝手に働いているロボットもいた。人間にとっては勝手に生産活動をしてくれるのはありがたいのであろうが、そういう紛れ込みやすい職場にはロボットが大量に迷い込んでくるのでかえって邪魔になった。

 そういう事態の解決策として持ち主のいないロボットをネットワークに登録し、必要とされる作業場に振り分けるシステムが作られた。そして持ち主がいないロボットにはメンテナンスに必要な賃金を支払われるようになった。

  (2008.02.19) 

つづく

  © 2008 田中スコップ 路上のゴム手
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