「エレベーター」(その1) 



 僕はデパートで買い物をした後、食事をしようと思い最上階のレストラン街に行った。休日のデパートは買い物客で賑わっている。人気のレストランは行列ができていてちょっと食事をしようとしても入るのに時間がかかる。

 僕は食事なら何でもよかったので比較的空いていて待ち時間が少なそうな食堂に入った。混んでいる時間に行くと食事にかける時間以外に順番待ちの時間も必要となる。そんな無駄な時間がもったいないと思いながらたまたま空いていた窓際の席に座った。

 食事が終わり、セットで付いてきたコーヒーを飲みながら窓から下を見ると人間が蟻のように動き回っているのが見える。地球温暖化はこいつらがいるせいで引き起こされるのだ。二酸化炭素の排出量を一割減らそうと思えば人間の数を一割減らせばいいのだ。僕もそのうちの一人なのに自分の事を棚に上げて無責任な事を考えていた。

 コーヒーを飲み干したのでそろそろ帰ろうと思い、会計を済ませて食堂を出た。

 僕は両手に紙袋を持ってエレベーターに乗りこんだ。たまたま僕の他にエレベーターに乗る客はいなかった。経費削減のためかエレベーターガールもいない。デパートがごったがえしているのにこのエレベーターを自分一人で独占できると思うと少し嬉しい。他の客があわてて駆け込んでこないように僕はすぐに紙袋を持ったまま「閉」と表示してあるボタンを押した。

 扉が閉まると僕は紙袋を床に置き、駐車場がある地下三階のボタンを押した。そしてエレベーターは動き始めた。僕は他に客がいないのをいいことに壁に手を着いてアキレス腱を伸ばしてみた。

 何の気無しに乗っていたのだが、地下三階に到着するのにやけに時間がかかることに気づいた。そのエレベーターは一向に止まる気配を見せない。途中の階で乗る客はいないのだろうか。もうとっくに地下三階に到着してもいい頃である。

 不審に思い階数表示を見てみると既に最下階の地下三階を表示している。それでもこのエレベーターはどんどん下降している様子だ。

 ビルの底が抜けたのか。

 しかしそんなはずはない。ビルの下には地面があり絶対にどこかで止まるはずである。

 そのうち床に置いた紙袋や僕の体が空中に浮き始めた。無重力状態になったのだ。このエレベーターは自由落下をしている。いったいどこまで落ちるのだろうか。

 いつかはどこかに激突して死ぬかもしれないという不安が頭の片隅をよぎる。しかしこの状態ではいったいどうすればいいのだ。ぶつかって死ぬときは苦痛を感じないようになるべく短時間で済んでもらいたいものである。

 僕はそれも運命として諦め、しばし無重力状態を楽しんだ。


その2に続く
© 2007 田中スコップ 路上のゴム手
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