愛・世界博 宇宙電波館(その70)



 その紙切れは昨日事務員に売りつけられた公演のチケットだ。妻はその紙切れ見ながら言った。

「これチケットじゃない。コサックダンス公演って書いてあるわ。面白そうね。あなたはこんなのに興味があるの?」

 私はドキッとしたが、この紙切れだけで昨日の背徳行為が類推できるはずがないと思った。

「会社の女の子が趣味でやってるんだよ。義理で買わされちゃった。興味ないから行くつもりはないけどね」

 妻はそのチケットをしばらくじっと見た。

「へえ、会社の女の子がねえ。残業で遅くなるとか言って、若い女の子が出るんだったらこっそり行くつもりじゃないの? でもロシアの踊りって珍しいわよね。面白そうだから行ってみたいわ。家族で行けばあなたも行くでしょ。私の分のチケットも買ってくれる?」

 私は妻から視線をそらした。妻は私のことを怪しんでいるのだろうか。妻はコサックダンスに興味があるとは思えない。しかし彼女はそれ以上詮索をせずにそのチケットを電話台の横に立てかけてあるコルクボードに押しピンで留めた。

 それから家族そろって夕食の食材を買いに出かけた。近所のスーパーで少し高いステーキ肉や野菜を買った。そしてスーパーから帰る途中ケーキ屋に立ち寄り、子供が選んだ小さめの丸いケーキを買った。ケーキ屋の店員は子供の誕生日と勘違いして、子供に年齢を聞いてきた。子供は店員の質問に気付かない様子でショーウインドウを熱心に覗き込んでいる。妻は子供を見て微笑み、店員に子供の年齢を告げた。店員は年齢分の本数の短いロウソクをサービスでつけてくれた。

 店を出ると子供を挟んで私が片手でスーパーの買い物袋を持ち、妻が片手でケーキの箱を持って手をつないで歩いた。時折子供は私達にぶら下がろうとしたので、ケーキの箱を持った妻が子供を窘めた。

 家に帰り、料理の支度ができた。誕生日でもないのにケーキにロウソクを立て子供が吹き消した。妻と私はワインで乾杯をした。幸せな家族の団欒であった。

 明日の日曜日は波風の立たない平穏な一日にしなければいけないと思った。妻は私と事務員との怪しい行為をおぼろげながら勘付いているかもしれない。要らぬ詮索を避けるため私のほうから何かの理由を作って妻から離れて過ごそうと思った。

 日曜日は朝から天気が良かった。私は久しぶりに子供を連れ出し自転車に乗って近くの河川敷まで行き、散歩をしたり、川に向かって石を投げたりして過ごした。自分が窮地に陥らないために子供の面倒を見ながら一日過ごし、妻を子育てから一時的に解放してやるという作戦だ。しかし作戦のつもりではあったが子供と二人で適当に遊ぶのも楽しいものだ。特に何も無い日曜日が平穏に過ぎていった。

 月曜日の朝、会社に行くと社長が来ていない。

 今日は社長がいなくても別段困る事はないので私は自分の仕事をこなすだけだ。

 私が会社を休んで「宇宙電波館」に行ったという事は社内の人間は全員知っているはずだ。アルバイトのおばちゃん達はこちらを見て何か言いたそうにしていた。私はそれを見てそわそわと事務所内を用事も無いのに行ったり来たりしながらいかにも忙しいのだというフリをしていた。私はおばちゃんが私に話しかける隙を与えなかった。

 事務員は金曜日の夜にあってはならない事が起こったにもかかわらず、何事も無かったかのようにラジオ体操をして仕事を始めた。事務員との行為が噂になれば私は余計に立場が無くなる。しかし事務員は自分に関する噂になりそうなことは完全にブロックしているようだ。好奇の目は全て私に向けられているようだ。

 私はおばちゃんたちから話しかけられる前に、そそくさと営業に出て行った。



その69へもどる  つづく
電波館topへもどる
  © 2007 田中スコップ 路上のゴム手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送