愛・世界博 宇宙電波館(その68)


 朝食を食べながらぼんやりと私は今日の仕事を考えた。

 今日は土曜日なので本来なら会社は休みだ。しかし今日でないと都合が悪いという新規のお客様との打ち合わせがあり、そのためだけに出社しなければいけない。こちらから先方に出向くと何度も言ったのだが、相手はどうしてもうちの会社に来ると言って私の話を聞かない。

 私の家から直に先方の会社に寄るほうが近いのだがお客様の意向を無視するわけにもいかない。どうせ休日出勤はサービス残業扱いになるのだから、さっさと家から先方の会社に行って商談をまとめてすぐに帰ったほうが時間の節約になるのに……。

 しかし客の都合に合わせて自分の時間を犠牲にするという事は営業という仕事の関係上、避けて通れない。社長は私のような一社員の努力をきちんと評価してくれるのだろうか。

 私は向かいに座って朝食を食べている妻のほうをチラリと見た。妻の仕事も土、日が休みだ。

 昨日の背徳行為により妻に対して負い目ができてしまった。酔っ払って気が緩んでしまい誘惑に負けて快楽におぼれてしまった。しかしあの状況で何もせずに我慢できる男がいるのだろうか。

 昨日の行動を感づかれまいとして私が妻に対して変によそよそしい態度を取れば、余計に怪しまれそうだ。今日、仕事があるということは私にとって非常に都合が良い。少なくとも妻と離れている間は怪しい行動を見抜かれずにすむ。

 もし今日、私が家にいたら妻は穏やかな口調で根ほり葉ほり私に都合が悪い質問を投げかけて来るに決まっている。緻密に計算されたその質問の答えに少しでも矛盾が生じるとそこを針のように鋭く突いてくるだろう。私は妻の前で誤魔化し通す自信がなかった。平静を装いながらも箸を持つ手が少し震えた。

 早く家から逃げだしたい。夕方までには私も落ち着きを取り戻せるかもしれない。

 打ち合わせの時間までにはまだ相当の時間がある。まだ家でのんびりしていても良かったのだが私はそそくさと普段と同じ時間に家を出た。

 会社に着いても当面やることがないので私は指でボールペンを廻しながらじっと座って時間が過ぎるのを待っていた。会社に来る前に喫茶店でコーヒーでも飲みながら待っていた方がましだった。

 私は会社の給湯室に行ってヤカンで湯を湧かした。戸棚から「私物、勝手に飲むな」と張り紙がしてあるインスタントコーヒーの隣に置いてあるコーヒーの瓶を取りカップに粉を入れた。ヤカンから湯を注いで、流しの近くにあった既に割ってある割り箸を水ですすぎ未使用部分でかき混ぜた。滅多に給湯室に来ないので砂糖がどこにあるのかわからない。

 そういえばこれから客が来るのだから来客用のコーヒーカップやスプーンも用意しておかないといけない。たとえ相手がコーヒーを飲まなくても何か出さないと失礼に当たるのではないかと思った。戸棚をごそごそと探しているとカップやスプーンのほかに砂糖やパウダータイプのミルクも発見した。

 外からやかましい自動車の排気音が聞こえている。休日の静かなオフィス街ではよく目立つ迷惑な音だ。

 私はブラックコーヒーのままこぼさないようにカップ持ち、事務室に戻った。

 事務室のドアを開けるとそこに普段着の社長が立っていた。

「忘れ物があって会社に来たんだけどね。事務所の鍵が開いてると思ったら君か。今日はどうしたの?」

 私は新規のお客様と打ち合わせのため出社していると説明した。

「そうか、じゃ、がんばってくれよ」

 と言って社長は帰ろうとしたが、突然思い出したように振り向いて私に尋ねた。

「ところで……。おととい君が会社をサボって万博に行ってたっていう噂が立ってたけど本当かな?」

 社長の仕草はまるで刑事ドラマで刑事がさりげなく犯人を追いつめている雰囲気だ。



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