愛・世界博 宇宙電波館(その64)


 事務員は甘そうなチューハイ、私はハイボールでひとまず乾杯した。空腹時に飲む炭酸で割ったウイスキーは胃の壁を直に刺激する。突出しのササミのたたきを食べながら注文した焼鳥が来るまでに大きめのグラス一杯を飲み干してしまった。今日は早く酔ってしまいそうだ。事務員も喉が渇いていたらしく、口当たりのよいチューハイをジュースのように飲んでしまった。彼女は自分が飲める量をわかっているのだろうか。無茶な飲み方をしても私は彼女の家を知らないので送っていけない。

 私達は飲み物の追加注文をした。私は二杯目のハイボールをゆっくりと飲み始めたが、事務員はまた一気に飲んでしまった。暫くして追加のチューハイといっしょに注文していた焼き鳥が来た。腹が減っているせいでいつもは騒がしい事務員も無言で焼き鳥を口に運んでいる。こうやって会社帰りに一杯やるのは久しぶりだ。

 それから暫くの後、腹も膨れてきたので大分落ち着いてきた。事務員は遠慮なしにチューハイを数杯飲み干してかなり赤い顔になっている。彼女は少し呂律がまわらなくなってきていたが私に話しかけた。

「あのー。なんで会社休んで万博なんかに行ったんですか? そんなに気持ち良いとこだったんですか、そのガクガク何とかって所。すいませーん、これもう一杯」

 また彼女は甘いチューハイを注文した。なんだか疲れたので万博に行ったことを隠しておくのは面倒くさくなった。それにどっちみち駅で会ったのがばれているのだから、会社をサボった事を黙っていてもらわないといけないのだ。それに彼女はかなり酔っているので明日になれば忘れているかもしれない。

「昨日駅で会ったことは絶対に黙っていてくれよ。おばちゃんたちに知られたら、会社を辞めなくちゃならない事になりかねないからね。でも昨日の朝は本当に疲れていて休みたかったんだ。分かってくれよ」

「やっぱりね。会社サボってたんだ。いいですよ。黙っていますから。もうお腹一杯です。ご馳走様でした」

 彼女はそう言って追加のチューハイを飲み干した。しかしやけに素直な返事で拍子抜けしてしまった。私もお腹が一杯になっていたので会計を済ませ二人で店を出た。

 人通りが途切れた薄暗い高架の線路脇の道路を二人でトボトボと歩いていると事務員が話しかけてきた。

「奥さんがいるのに何でカクギク何とかって変なところへ行くんですか? 無駄なお金を使って怪しい所に行く位なら私に声をかけてくださいよ。あんな機械なんかより私のような若くてきれいな本物の人間のほうがいいに決まってます」

 彼女は何でそんな事を言うのだ。酔っ払っているせいなのか?私の自制心に自信がなくなってきた。私は立ち止まって彼女に言った。

「まずいよ、そんな事言うと変な気分になってしまう。君は酔っているから少しおかしいぞ」

「おかしくなんかないです。私が暗い夜道をいっしょに歩いているんだから、変な気分にならないほうがおかしいです。周りには人がいないし今がチャンスです」

 彼女はそう言うと私に体を近づけてゆっくりとぶつかって体重を私に預けてきた。彼女の体を受け止め少しよろめいたが、そのまま倒れてしまってはいけないと思い、彼女の体を両手で抱いて支えた。彼女は顔を私のほうに向けて目を瞑った。

 これ以上何もしてはいけないと頭では理解しているのだが、理性が言う事を聞かない。そっと彼女の唇に私の口を重ねてしまった。彼女も私の体に手を回してしがみつき、私の口の中に舌を入れて私の舌に絡ませた。さっきまで飲んでいたチューハイの甘い味がする。

 暫くの間そうやって抱き合っていたが不意にコツコツという足音が聞こえてきた。みっともないと思い私は慌てて彼女を離そうとしたが彼女は離れようとしない。ハイヒールの女性が、私たちのことを気にしないそぶりで、こちらを向くことなく通り過ぎていった。

 ハイヒールの女性が見えなくなると再度唇を合わせた。固く抱き合って足を絡め、体を密着させていた。二人の間を隔てる服が邪魔で、もどかしい。すぐにでも皮膚同士を接触させたい。

 妻への背徳行為の予感とこれから起こりうる事態への期待で心臓の鼓動が高まる。いけないと知りつつ私は彼女の手を取り歩き始めた。彼女は手にうっすらと汗をかいている。そして二人とも辺りをキョロキョロとしながら行為に及べそうな場所を探した。一度火が付いてしまうと消す事が困難な火種を抱えてしまった。

 暫く歩いていると一軒の怪しいネオンが光るホテルの前に着いた。普段行かない場所なので気にしなかったのだが、意外と会社の近くにそれはあった。


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