愛・世界博 宇宙電波館(その33)



 彼女の部屋の前に来てもまだ携帯電話が鳴っている。私はドアをドンドンと叩いた。すぐに携帯電話の音が止み、中でドタバタという音が近づいてきて、ドアの向こうからから事務員の声がした。

「どなたですか? 」

 私は答えた。

「僕だけど、部屋に携帯電話を忘れていただろ、探しているだろうと思って持ってきたよ」

 私は少しかがんだ姿勢でドアの向こうの様子に耳をそばだてていた。事務員が勢いよくドアを開け、顔を出したのでお互いの頭がぶつかってしまった。私は後ろにのけぞって、ニ、三歩下がり携帯電話を床に落としてしまった。事務員は慌てて床に落ちた携帯電話を拾おうと思ったのか、部屋の中から全裸で飛び出してきた。

「ああっ、私の携帯」

 なぜ何も着ていないのだ。私はその意外な格好に呆気にとられて、彼女の部屋のドアがゆっくりと閉まっていくのに気が付かなかった。彼女は床に手を突き、携帯電話を大事そうに拾い上げ、私と顔を合わせてから下を向き、自分のあられもない姿を見た。事務員は、

「あっ、やだ」

 と言ってお腹を手で押さえて向こうを向いた。もっと大事なところを隠さないのか。

「あのっ、私、便秘だからお腹を見ないでください」

 事務員はそう言うと、オートロックがかかったドアをガチャガチャと開けようとしたが、鍵が無いものだから開かない。彼女はそのまましゃがんでしまった。

「恥ずかしいから見ないでください」

「いったいどうしたんだ。とにかく僕の部屋に行こう。誰か来たら盾になってあげるから、ついてきて」

 彼女は私の陰に隠れながらついてきた。

 エレベーターの前でボタンを押して待っているとき、自動販売機コーナーから先ほど会った人が出てきたが、目の前に全裸の女性がいるものだからびっくりして自動販売機コーナーに戻り、入り口からこちらの様子を見ている。私は彼女に向かって、

「三階までの辛抱だから、落ち着いて」

 と言って彼女を落ち着かせようとした。私も本当はこのありえない光景に落ち着いていられないのだが、心臓の鼓動が早くなっている。  エレベーターのドアが開くと、中には初老の白人系外人夫婦が立っていた。ご主人らしき人が小さな声で、

「ワーオ」

 とつぶやいた。奥さんらしき人は目を丸くしている。私たちはなるべく平静を装い、なんでもないような顔をしてエレベーターに乗り込んだ。

 三階のエレベーターのドアが開いて私たちは降りた。私たちが歩き始めてドアが閉まるまで、中の外人夫婦が英語らしき言語で、ひそひそ話をしているのが聞こえてきた。幸い三階の廊下には人影は見当たらない。誰もいないと分かると事務員は意外と大胆に、私を追い越し、部屋まで堂々と歩いて行った。部屋のドアの前で事務員は立ち止まり、こちらを振り向いて、

「早く開けてください。恥ずかしいです」

 私はポケットから部屋の鍵を出して、入りにくい鍵穴に、鍵を入れようとした。私がもたもたしていると、近くの部屋のドアが開いて、中からタバコをくわえた中年の不良オヤジのような人物が出てきて、歩きながら、私たちをジロジロ見て、

「けっ」

 と言って通り過ぎていった。事務員は中年オヤジの動きにあわせて私の陰になるように動いた。いくら私の陰にいるからといって、その格好は誰が見ても不自然だ。ようやくドアが開き、事務員を先に部屋に入れた。

 事務員は緊張感から解放されたのか、

「ああ、もうこれで安心しました」

 と言って大の字でベッドに寝転んだ。近くに私がいるのは気にならないのだろうか。私はバスルームからバスタオルを持ってきて、彼女にかけた。  


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