愛・世界博 宇宙電波館(その26)


 店員が突然、立ち止まった。ゾロゾロとついて歩いていた私たちは、つんのめってぶつかった。後ろからおばちゃん達の声が聞こえる。

「何やってんのよ」

 店員が上を向いた。頭の上に神棚があった。店員は厳かに両手を合わせて、ポケットから十円玉を取り出すと、神棚の小さい賽銭箱に入れた。続いて歩いている社長もつられて両手を合わせ、ポケットに入っていた小銭を取り出し、その賽銭箱に入れた。他の者もなぜかつられて小銭を用意し始めた。しかし店員は明らかに外国人なので、日本の神を信心しているようには見えない。私は店員に尋ねた。

「信心深いんだね。この神棚には何が祭ってあるのかな」

 店員は答えた。  

「クワシキコト、知ラズ、店ノ年寄リ、毎日拝ムをワレ真似ス。上ノ箱ハ、ワタシノ貯金箱ニテ、ヘソクリシテオル。知ラヌウチ、フエルコトアル。親切ナ日本人ガ、ワタシノタメニ、イレウル、アリガタシ」

 つられて小銭を出しかけた者はみんなすぐに仕舞った。社長は一瞬、顔をしかめた。たとえ少額でも騙されたと思えばかなり悔しいものだ。しかし社長は取り乱すまいと必死に引きつった笑顔をを浮かべ、小銭なんか気にしていないそぶりをした。店員は何事も無かったかのように宴会場へみんなを案内していった。

 宴会場ではすでにコンパニオンが三名待機していた。女子事務員と同じくらいの年恰好だ。

 社長から順番に上座に座り、私が末席に座ろうとしたら、女子事務員が、  

「私はここでいいんです。やっぱり幹事は端っこでないと」

 と言って先に座ってしまった。結局、私はアルバイトのおばちゃんと女子事務員の間に座ることになった。

 宴会場は十畳ぐらいの和室で、折りたたみの座卓が二列に並んでいて、片方に社長と調子のいい営業マンと酔っ払いと男子アルバイト、もう片方の列におばちゃん三名と私と女子事務員が対面して並んで座っている。

 料理はすでに人数分並べてあり、酔っ払いの営業マンとアルバイト君はチラチラとビールが置いてあるほうを見ている。社長がいきなり立ち上がって言った。  

「乾杯でもするかな」

 社長が突然言うものだから、コンパニオンはあわててビールの栓を抜いて配った。コンパニオン三人は社長たちの席に行って、ビールを注いでいる。私の隣のおばちゃんがコンパニオンに聞こえるように言った。

「家じゃあ、誰も私なんかにビールを注いでくれないのよね。旅行のときぐらい、なんにもしなくてもいいわよね」

 他のおばちゃんも同意して言った 。 

「そうよ、家じゃあ旦那も毎日遅いし、時々、やけ酒飲んだりするのよ」

 三人のコンパニオンのチーフらしき人が社長に注いでいたが、社長が目配せしたので、そそくさとおばちゃん達の所へやってきた。  

「すいません、どうぞ」

 と言っておばちゃんたちにビールを注いだ。

 事務のおばちゃんは言った。  

「いいわね、あなたたち。こうやってお酌してりゃ、お金になるんだもの」

 チーフらしきコンパニオンの表情が一瞬、ひきつったが、気を取り直して笑顔を作った。

 私は別に他人から注いでもらうのはどうだっていいのだが、儀礼上、まずは隣のおばちゃんに注いで、女子事務員にも勧めたが、  

「私、ビール嫌いだから、ウーロン茶でいいです」

 とコップの上に手で蓋をした。しょうがないので私は自分でビールを注いだ。事務員は一番下っ端と見られる間が悪そうなコンパニオンにウーロン茶を持ってくるように頼んだ。コンパニオンは事務員にウーロン茶を注ごうとしたが、  

「お茶なんて、お酌してくれなくても結構です」

 と言って、お茶の入ったペットボトルを受け取り、自分のコップに注いだが、傾ける角度が急すぎるものだから、ドップン、ドップンと音を立てながらコップの周りにもお茶が飛び散った。

 ようやくみんなのコップに飲み物が入った。本来ならば乾杯の音頭は社長がするべきではないのだが、この会社では他に適任者がいないので、社長が挨拶の後、乾杯の音頭をとった。どこのコンパニオンでも乾杯の際は正座しておじぎをする慣例になっているようで、みんなに飲み物を注いだ後、宴会場の下座で三人が並んでおじぎをした。洋服を着たコンパニオンが畳の上で正座しておじぎをするのは、不自然な感じがする。


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