スーパーにて (その2)

 暫く店内を放心状態でうろついた。

 無意味にプリンを手に取り棚に返す。果物の置き場に行ってバナナの房の数が全部同じかどうかを確かめてみる。鮮魚売り場では腕を組んでギョロリとした目の魚と無意味ににらめっこした。他の客はあまり長時間私が同じ所にいるので邪魔なのだろうか、何も言わずに私の目を遮るかのように、私が見ている魚を掴んで買い物かごに入れた。あの魚を捌けるのだろうか。やはり魚は切り身を買った方がいい。

 フラフラとナッツやおつまみを売っている所に来た。アーモンドと小さな魚が混ざっているやつが好きだ。小さなカレイも混ざっている。あのカリッと香ばしいカレイをつまみにビールを飲みたい。

 二九九円か。消費税を入れると三百円を超えるではないか。やめておこう。

 買い物かごに入れようとして元の棚に戻した。予算に余裕があれば缶ビール六本とおつまみを買って帰ることができるのに。

 その後も用が無いのに店内を徘徊して、レジのある場所に帰って来た。あのおばさんはもういない。四か所のレジにはちゃんと店員がいる。今度は失敗しないように途中で折れ曲がるようなレジには並ばないでおこう。しかしあまり長く待たされるレジは嫌だ。

 比較的人数が少ない列を探してみた。ただ人数が少ないといっても、レジ打ちの店員がモタモタしていたのでは列の進行が遅い。あと、並んでいる客の買い物かごにたくさん商品が入っているとやはり時間がかかる。

 全体に見渡すと、どこの列も同じような人数である。どうせ同じならレジの店員はむさくるしいオッサンより美人の女性店員がいいに決まっている。それに偏見かもしれないがテキパキと動くのはやはり女性。私は一人の女性店員がレジを打っているのに目をつけた。流れるように客をさばいている。その上、肉などはきちんと薄いポリエチレンの透明袋に入れてくれる。私はそこに並ぶことにした。

 隣のレジを見た。案の定、隣のレジの男性店員はレジ打ちに慣れていないみたいで、商品のバーコードがどこにあるのか発見が遅く時々商品をクルクルと回して探している。そのため若干スピードが遅い。

 しかし隣のレジに比べてなぜか進行が遅い。いや、遅いというか止まっている。どうしたのかと思えば、レジの女性店員がレシートの紙が切れたため支払機のカバーを開けてロール紙を交換している。簡単そうなのになかなか終わらない。時々客の方を見てすまなそうな表情を見せている。

 同じぐらいに隣に並んでいた客はすでに支払いを済ませて、レジ前方の台で袋に詰めている。これも運というものだろうか。

 急がば回れ。モタモタしていても、いつかは終わりが見えてくるものだ。隣に移ったとたんにレジが回復するかもしれない。私の列からかなりの客が離れていった。暫く待っていたら
直ったらしく、やっと列が動き始めた。

 そして私の順番がやって来た時、突然レジが止まった。何が原因なのか分からないが、店員は「レジ休止中、申しありませんが他のレジのご利用をお願いいたします」と書いてある立札を立てた。

 店員はこちらをすまなそうに見て頭を下げた。

 「申し訳ありません」

 私はしぶしぶ隣の列の最後尾に移った。

 もう少し冷静に列を選べばよかった。この列に限ってレジの店員はモタモタするし、並んでいる客の買い物かごを見るとどれもいっぱいで時間がかかりそうだ。でも、もうどうでもい
い。ここでいいのだ。
 時間が解決してくれる。

 人間辛抱だ。困難な状況になっていても楽しいことを考えていよう。例えば私が無事就職してハローワーク通いをしなくて済むようになり、妻と子供がクラッカーを鳴らして祝ってくれる情景。新しい会社では綺麗な女子社員がたくさんいて仕事ができる私がモテモテになっている様子。などを思い浮かべてニヤニヤしていると私の順番が来た。

 レジの台に私の買い物かごを乗せて、ポケットに手を入れた。

 無い。折りたたんで入れたはずの使い古したレジ袋が無い。他のポケットに手を突っ込んだが、やはり無い。

 しかしそれ以上に重大な事件が発生していた。

 それはどのポケットにも財布が無いことだ。レジの店員はゆっくりと商品のバーコードをレジスターの読み取り機に近づけている。私は叫んだ。

 「すいません。財布を忘れたのでもういいです。取り消してください」

 店員は手に持っている商品を元のカゴに戻した。

 私は逃げるように買い物かごの中の商品を元の場所に戻し、駐車場に止めてある車に乗って帰った。(その2)

 (2022.01.11)  

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  田中スコップ 路上のゴム手