スーパーにて (その1) 昼飯を食い、無職の私は買い物に出かけた。家から車で五分ぐらいの所にあるスーパーである。 スーパーに到着し店頭の消毒液で手を消毒した後、買い物かごの取っ手を持ち引っ張り上げたがもう一個かごがひっついてなかなか取れない。前の客が返却する時に余程圧縮していたのだろうか、私はガサガサと揺すり、それでも取れないので最後は力ずくで引きはがした。 私は主婦ではない。妻子ある無精髭を生やした中年男である。コロナウイルスのおかげでマスクを着用しているため、髭が目立たない。しかし髭を生やしていようが剃っていようが誰も気にしていないようだ。 小太りのおばさんが鶏肉売り場にいた。容姿にあまりこだわりが無さそうな女性である。私が近づくとこちらをチラリと見て、気が付いているくせに嫌でもでもその場を離れようとしない。なかなかどかないので、私はしびれを切らして仕方なくおばさんの目の前の商品に手を伸ばした。すると、「髭ぐらい剃ればいいのに」とつぶやいてどこかに行った。マスクからはみ出た無精髭を見たのだろう。それにしても買わないのであれば早くどいてほしいものである。 何をしようと人の勝手なのだが無職という負い目がありどうも行動が消極的になる。必要なものをレジ用にカゴに入れると、レジに向かった。混んでいない時間を狙ってスーパーに来たはずなのにレジ前がなぜか混んでいる。四か所あるレジの二か所だけしか店員がおらず長い列ができていた。一か所は真っ直ぐ伸びているが、もう一か所は途中に商品棚があるためその部分で折れている。 暇なくせに待つのは嫌だ。 若干折れているほうが並んでいる人数が少なく感じられた。兎に角、列に並ばないと、この買い物は完了しない。私は折れているほうの列に並ぶことにした。 段々と私の順番が近づいてきてちょうど曲がり角に来た時、あの精肉売り場で出会ったおばさんが私の傍で止まった。何やっているのだろうと思っていると、おばさんの後に次々と買い物客が並び始めた。 列が完全にY字型になっている。 私の後ろに五人ぐらいいるはずだ。おばさんの後ろにも五人、買い物客が並んだ。いったいどうすればいいのだろう。割り込んできたのはあのおばさんだ。私は普通に並んでいるだけで何も悪くないはずだ。 私は背中に重圧のようなものを感じて振り返ることができなかった。段々とレジの番が近づいてくる。 行きかう雑踏の音。私の額に汗が少しにじんでいる。 突然、 「次でお待ちのお客様。こちらへどうぞ」 という店員の声が聞こえた。そのレジは私の方の列が近い。すると私より後ろの客が一斉にそちらに移動して私一人が取り残されてしまった。 やられた。 私を無視して二つの列が動いてゆく。どこかに消えたい。おばさんはこちらを見てニヤリと不敵な笑みを浮かべた。茫然と立ち尽くして買い物かごの中をうな垂れて見る。込み上げてくるのは怒りではなく、悲しみだ。私はそっとその場を立ち去った。 (その1) (2022.01.11) その2につづく 作品topにもどる 田中スコップ 路上のゴム手 |
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