「空気」 (その1)



 ここ最近体がだるくて疲れやすい。それに僕の体は以前よりむくんでいるような気がする。右手で左手の指をつまんでみると確かに少し膨らんでいる。ゆっくり休めば元に戻るかと思い、しばらく寝ていたが一向に良くならない。

 いつまでもこのままではどんどん衰弱してしまうかもしれない。不安感がつのる。しかし特に熱があるわけでもなく自分でもどこが悪いのか分からないので思い切って病院で医者に診て貰うことにした。

 原因不明の病気だったら医者でもわからないかもしれない。そのまま適当な薬を処方されて帰らされる可能性もある。

 それでも病は気からという諺がある。病院で診てもらって薬をもらえばそれだけで良くなるかもしれない。以前、足首が痛くなり足を引き摺りながら病院に行った途端に痛みが取れて医者の診察を受ける頃にはどこが痛いのかわからなくなったことがある。僕にとって苦痛が無くなればそれでもいいのだ。

 病院に到着しても倦怠感は収まっていなかった。それにむくみもひどくなっているようだ。病院のトイレで鏡を見ると顔が少し丸くなっている。これは本当に病気かもしれない。

 医者は僕の胸に聴診器を当てた。医者は威厳を保つように難しそうな顔をしたがその表情から推測してやはり僕の病気が何かわからないようだ。

「最近あなたはかなり過激な運動でもしましたか」

 僕はそんなに動いてない。反対に運動不足のほうが心配だ。

「いえ別にこれといって何もしていませんが……」

「おかしいですね。ま、点滴でもして様子を見てみましょう。お薬も処方しておきます。ずっとこの症状が続くようならまた来てください」

 僕は診察室とカーテンで仕切られたベッドに横たわった。そして手際の良い看護婦さんが僕の腕にゴムを巻き血管を浮き上がらせたところへ点滴の針をプスリと刺した。大人になっても注射が苦手な僕は点滴を受けている間中ずっと腕のほうから目をそらしていた。

 普通の点滴より時間がかかるのだろうか、なかなかぶら下げられた点滴の中身が減らない。看護婦さんがパタパタとスリッパの音を響かせ様子を見にやってきた。点滴が減っていないのを不審に思ったのか少し首をかしげコックを操作しまた去っていった。そしてかなりの時間が経過した後やっと点滴が終了した。

 手際のいい看護婦さんは僕の腕から針を抜くとすぐに小さくきった綿をあてがい幅広の絆創膏を貼った。

 その際、気のせいかもしれないがシュッという空気の噴射する音が聞こえた。

 その絆創膏は一見してガムテープのように強力な粘着力を持っているようだ。腕にくっつきその綿を完全に隠している。剥がすときが痛そうだ。

 僕はそれから薬局で医者の処方箋を渡し、何に効くのかわからない薬をもらって家路についた。点滴のおかげで幾分元気になったような気がする。しかし体のむくみはまだ取れていない。それどころか僕の体はさらに脹らんでいるような気がする。

 家で横になって三十分ぐらい経つと点滴を受けて絆創膏を張ってあるところが痒くなってきた。看護婦さんが三時間以上は貼っておかなければ傷口がふさがらないと言っていたのを思い出し、もう少し痒いのを我慢してみる事にした。

 顔でも洗えばすっきりするのではないか。洗面所に行き鏡の前に立って僕は驚いた。自分とは別人に見える風船のように膨らんだ人間が鏡にうつっていた。僕にはそれがにわかに信じがたく、自分の頬に手を当ててみた。やはり丸く脹らんでいる。大食をしたわけではなく短期間でここまで太ってしまう理由がわからない。

 僕の体はそのうち脹らみすぎて破裂してしまうのではないかという恐怖感に駆られた。あのヤブ医者め、適当な診察をして料金だけふんだくりやがって。しかし僕にはすでに医者に文句を言いに行く気力が残っていなかった。

 また部屋に戻って横になった。体が丸くなっている分だけ寝返りが打ちやすい。しかしそのうち手足が床に届かず起き上がれなくなってしまうかもしれない。絶望感を抱き、寝ているしかない自分が悲しくなった。

 じっとしていると腕があまりにも痒いのでやはりその絆創膏を剥がす事にした。三時間も経っていないが多分大丈夫だろう。

 僕はきつくなったシャツの袖をめくった。腕が診察を受けたときよりさらに脹らんでいるので絆創膏を張ってある部分が若干つっぱっている。僕は絆創膏の端をコリコリと掻き少しずつ剥がしていった。皮膚から絆創膏がメリメリと剥がれていく。


(その2)へつづく

  © 2007 田中スコップ 路上のゴム手
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