一言
日の出 2007.01.09

 私がまだ学生の頃、正月に家にあった母親用の自動車を借りて友達と初日の出を見に行ったときのことです。

 実家は山間部にあり、山の間からでは初日の出はよく見えないので約五十キロメートル離れた海岸線まで行く事にしました。私はまだ自動車の免許を取立てで運転に自信が無いので、シートベルト着用がまだ義務化されていなかった時期だったのですが、きっちりとシートベルトを装着して正月の深夜、友達を迎えにいきました。

 家の自動車にはカーステレオは付いておらず後部座席にラジカセを積んで、その当時私が好きだったテクノポップやスカをカセットに録音して持って行きました。横に乗っている友達は強制的に私の趣味の音楽につき合わされます。しかし特に嫌がる様子もなく、高校時代の思い出話や他愛の無い話でで盛り上がりました。寝不足なので少々テンションが高めです。

 まだ暗い午前三時頃、目的地に到着しました。正月の深夜ということもあり外はかなり寒かったのですが、やはりさすがにバイクと違って遮蔽物がありヒーターが効いている自動車は楽です。初日の出を見る場所は海岸沿いの高台にある観光地の駐車場なので時折強風が吹き、車の外に立っていると飛ばされそうです。

 私達は男二人だったのですがまわりを見るとアベックが多く、初日の出を見た後に奴らは楽しい事をするんだろうなと少々僻んだ感情を抱いておりました。血気盛んな男同士でなぜこんなところに来ているのか馬鹿馬鹿しく思えます。しかしせっかく来たのだから日の出だけは見なければ損です。もしかするといいことが起こるかもしれません。

 車の中でじっと待っていると遠くのほうからバイクのエンジン音が近づいてくる音が聞こえてきました。それもかなりの数のようです。時折フォンフォンというけたたましい音で空ぶかしをしたり、パリラパリラとクラクションを鳴らしています。ああこれは社会に対して憤りを抱え、抑えきれないエネルギーを持て余している方々が集まったツーリングクラブの新年集会だなと思いました。

 私達がいる駐車場に続々と異様な集団が集まってきました。正月用に特別塗装をしたのでしょうか、朝日の模様がタンクに描かれていたり、祭日用の日の丸を掲げているバイクが目に付きます。

 その頃は漢字がたくさん書かれた特攻服はまだ普及してなかったので彼らは割とバラバラの格好をしていました。

 しかしその日だけは履物からヘアスタイルまで揃えてきていました。社会的にアウトローを気取っているのなら服など揃える必要はないと思うのですが。

 正月の深夜海岸線ので身を切るような寒風が吹く中、全員夏に着る甚平でそろえています。その頃のヤンキーには甚平が流行していたようなのですが真冬に着るような物ではありません。しかも甚平の下にはシャツを着ていません。襟のところから素肌が見えています。足には雪駄を履き、当然靴下を履いていません。ほとんど素足のようなものです。そして特に目を引いたのは頭です。

 当然ヘルメットを被っていません。年末に全員が散髪に行ったのでしょうか、頭の中央だけを残してきれいに刈られたモヒカンスタイルです。街中を歩くにはちょっと恥ずかしい髪型です。年明けの仕事に出るときは多分彼らは全部刈って丸刈りになおして仕事をするのではないでしょうか。

 総勢三十〜四十人ぐらいいたように思います。床屋でモヒカンの順番待ちをしている彼らの姿を想像すると少し気が和みます。

 私は高校の頃、正月にバイクで初詣に行った事を思い出しました。そのときも非常に寒かったのですがこの連中は度を越えています。止まっていればボンネットに霜が降りてくるような気温の時になぜわざわざこのような寒い格好をするのか理解に苦しみます。

 しかもバイクが滑って転倒したらあのような薄着で体を保護する物がないと大怪我になりそうです。普通は靴でチェンジペダルを操作するので痛くないのですが草履だとシフトアップする場合に直に足の甲が当たるためそれも痛そうです。

 きっと彼らはこの日のために数日前からお揃いの甚平を購入したり、散髪したりパイクに意味不明な装飾をしたりと大変なエネルギーを使っていたことでしょう。年末ぎりぎりまで仕事をしていた者もいるでしょう。ただでさえ年末があわただしいのに余計な事に時間をかけられることがすごいと思います。年賀状はもう出したのでしょうか。

 彼らにからまれたり金銭を要求されたらどうしようかと私達は戦々恐々と自動車の中でじっとしていました。

 彼らは我が物顔で轟音を響かせながらグルグルと駐車場内をまわり、初日の出を見ずにまたどこかへ去っていきました。何しに来たのでしょうか。

 それから間もなくして水平線から日が差してきました。周りではアベックや男女混ざった楽しそうな若者のグループが歓声を上げていました。目の前の日の出はテレビで見るような大きな太陽ではなく普通の太陽が小さく見えているだけです。すばらしい日の出を見るには望遠レンズが必要です。我々は少々白け気味で、暫く太陽を見た後、道路が混まないうちに早めに駐車場を出て家路につきました。


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