「土中蝉」



 僕はセミの幼虫だ。木の根元に穴を掘り、根の樹液を吸って生きている。今までに何度か脱皮を繰り返しその度に少しずつ身体が大きくなった。棲み家にしている穴もその度に大きい物に掘り直さなければいけなかった。

 土をかき分け移動しながら樹液が出る根を探して何年も経過した。土の中だとモグラに出くわさない限り比較的安全なのでいたって快適な生活を送っている。根の部分によって樹液の味が違うところがあり、そこが僕のお気に入りの場所である。

 僕はこのままずっと死ぬまで地中で暮らすものだと思っていた。

 しかし気候が蒸し暑くなってきたある日、僕は突然土の外に出たくなる欲望に駆られた。そして何かによってあらかじめ決められていたかのように僕は地上に向かったのだった。何のためにわざわざ危険極まりない地上に出なければならないのか自分でも分からなかった。それは誰に命令されたわけではなく、僕の心の奥から沸きあがってきた衝動によって移動せざるを得なかったのだ。

 落盤して埋まってしまわないように、地中の壁を分泌液で固めながら何日もかけて掘り進んだ。

 僕の体が変化を望んでいる。また脱皮をするのだ。しかし今度はただの脱皮ではなさそうだ。固い皮膚の下で今までとは明らかに違う形状の体ができているようだ。

 僕には地上に出るということに対して少しも迷いがなかった。ところが、最後の4センチぐらいがどうしても固くて掘れない。それは大きな岩でもなく砂利が黒いもので固められていて明らかに今まで掘り進めていた土とは違う。

 人間が自動車を通すために、アスファルトで舗装をしていたのだ。いくらあがいても仕様が無いので木の根に沿って横に向かって掘ってみた。すると、木の根が成長して太くなってアスファルトが盛り上がり、ヒビがはいっているところを見つけた。ヒビから光が差し込んでいる。ぎりぎりで通れそうだ。

 しかし昼間に出て行っては鳥の餌になるだけだ。僕は日が暮れるのを待った。あたりが暗くなり、もういいだろうと思って外に出ようとすると思ったより隙間が狭かった。僕の体が脱皮のため少し大きくなったのかもしれない。僕はアスファルトの隙間に前足を伸ばしてもがいた。もう横にトンネルを掘る時間はない。

 暫くして背中が割れてきた。とうとう脱皮が始まってしまったのだ。地面とアスファルトのわずかな隙間で僕は殻から出てしまった。僕の体は今までの幼虫のときより確実に大きくなっていてよけいに隙間から出られない。僕は悔しくて土の中でジージーと鳴いた。

 セミの鳴き声が妙な場所から聞こえてくる事に気づいた近所の子供が地面に寝そべって僕を覗いた。田舎の道なので滅多に自動車は通らないからできることだ。僕にとってはこんなところを舗装するなんていい迷惑なのだ。

 子供は僕を捕まえてオモチャにしようと木の枝をアスファルトの隙間に突っ込んだ。僕は潰されないように少し体をずらし、メリメリとアスファルトの隙間が広がってゆくのを見ていた。

 僕の体がぎりぎりで通るぐらいに隙間が広がった瞬間、僕は子供のスキを狙っておしっこを出しながら脱出した。




  © 2007 田中スコップ 路上のゴム手
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