「鼻の芽」 


 鼻の頭にニキビが出来て膨らんできた。鼻の頭が痛く、とても気になるので潰そうと思い、指でつまんで押してみたが、ニキビは余計に大きく膨れるだけで中の塊は出てこない。鏡を覗いてみると大豆ぐらいの大きさになっている。さわればさわるほど大きくなってしまうので、暫く放っておいて自然に小さくなるのを待った。

 十日ほど触るのを我慢してそのままにしておいた。大きくはならないが小さくもなっていない。鼻の皮膚が馴染んできたのか、いつしか痛みも無くなっていた。目の下に大きな突起物があるということは多少気にはなるが、慣れてしまうとしばしばその存在を忘れるようになった。

 ところがある日突然、鼻の頭が痛み始めた。今まで触るまいと気をつけていたのだが、指で撫でてみると毛穴から何かが出てきている。急いで鏡を見るとなんと鼻の頭から芽が出ているではないか。小さな葉っぱが二枚、今まさに開こうとしている。私は引っ張って抜こうと思ったが、葉が千切れて中身がそのまま残ったら困るので鼻の穴に指を入れて、中から押してみた。芽が出た毛穴からは大きな白い脂肪の塊らしき物が葉を付けたままゆっくりと出てきた。これだけ大きいニキビが出てくるとかなり痛い。私は痛みに耐えながら鼻の中を押した。あまりの痛さに少し力を緩めるとすぐにその塊は引っ込んでしまう。暫くその塊と格闘した後、ようやく抜けた。今までの痛みが嘘のように引き、何事もなかったように鼻の突起も消えている。

 抜け落ちたニキビを見てみると、まだ根は張っていない。しかし放っておくと枯れてしまうかもしれないのでせっかくだから植えてみることにした。とりあえず応急の処置として、乾燥しないように脱脂綿に水を含ませ、その種をコップの中に入れておいた。そして近くの雑貨屋に植木鉢を買いに行って帰ってくると、脱脂綿に力強く毛細根を張り巡らしているではないか。もし夜中に芽が出て気が付かなかったら私の鼻に根が張っているところだったと思い、安心した。

 植木鉢に移植して暫く水をやって栽培してみることにした。一週間ほど経つとヒョロヒョロと伸びたが、なぜか元気が無いようだ。割り箸で支えてやらないと折れてしまいそうだ。どんな肥料をやればいいのか皆目見当が付かない。色々と思案しながら道を歩いていると前方から日傘を差して、鼻の頭に私の時と同様のニキビが出来ている女性が俯きかげんで近づいてきた。

 路上で知らない女性に声を掛けるのはどうかと思ったが、私好みの美人でもあり、何より立派なニキビが出来ている。しかも本人はまだ気付いていないだろうが少しだけ緑色の芽が見えている。急いで教えてあげないと根が張ってしまって鼻の頭から抜けなくなってしまうかもしれないので、勇気を出して声を掛けた。

 女性は無視して通り過ぎようとした。私はそれでもその女性の鼻が危機的状況にあり放置すると大変なことになる旨を説明しながらついて歩いた。女性にとってその鼻を見られる事は恥であり、やむなく用事のため外出しただけなのに、見ず知らずの男から鼻について触れられるのは不快至極である。その女性は一刻も早くその場から立ち去りたいと願っていたのだ。しかし私の熱意が通じたのかようやく立ち止まり化粧用の鏡をハンドバックから取り出し、女性は自分の顔を見た。鼻の頭からのぞいている緑色の芽を見ると彼女は悲鳴を上げ、その場にへたりこんだ。そしてこの大きなニキビから成長しつつある芽を早く除去してほしいと私に懇願した。

 往来の真ん中では怪しまれるので、人気の無い場所に女性を連れて行き、少々痛いことを覚悟するようにと了承を得て、私の指を女性の鼻の穴に差し込んだ。穴の中から指でぐいぐいと押すと、芽が出はじめた白い脂肪の塊が少しずつ抜けてきた。女性は苦痛に顔を歪め、歯を食いしばっている。私はもう少しで抜けると言って励ましながら、鼻の穴を押し続けた。

 自分で抜くときと違い、抜け具合がじかに見えるので、意外と簡単に抜けた。女性は抜けたあとの痛みも異物感も無くなった鼻をさすりながら、私に礼を言った。そして女性は私のことを生まれて初めて鼻の中に指を入れた男性として一生忘れないと涙ながらに言って去っていった。

 私はその芽を持って家に帰り、私のニキビから育つ得体の知れない植物のとなりに穴を掘って埋めた。

 それから二、三日経ち女性の芽が段々と伸びてくるに従い、私のしなびた茎が活性化してしてきたではないか。茎はみるみる太くなり、上に向かって真っ直ぐに伸びて行く。そして女性の茎も私の茎に絡むように伸びていった。そして暫く経つと、どちらが私のだかわからないくらいに複雑に絡みあって成長しはじめた。植物同士でも余程相性が良いようだ。

 私は偶然にもあの女性と再会し、すっかり意気投合して数ヶ月後結婚した。今は二人でその植物に水をやりながら楽しく生活している。不思議なことにあれだけ燃え上がるような成長をしていた植物は落ち着いてきたのかあまり伸びなくなった。一時は大木になるのではないかと心配したが、少し大きめの盆栽ぐらいで止まりそうだ。

 どんな花が咲いて、どんな実がなるのか楽しみである。


もどる

© 2006 田中スコップ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送