一言
年賀状 2009.01.06
        


 何年も会っていないが年賀状だけ交わしている知り合いがけっこうたくさんいます。遠方なので会いに行けずやむなく疎遠になっている人や特に用事がなければ会っても気まずいだけの人等、色々です。

 私自身、人間関係を持続させることが得意ではありません。しかし人間を何十年と続けているとお世話になった人や無視できない知り合いが増えていきます。そんな人たちにはせめて年賀状だけでも出しておかねばという義務感と、私という地味な存在が忘れられるのではないかという危機感からくる強迫観念によって毎年年賀状を作成しています。

 年賀状を書くということは実に面倒くさい作業です。出す人の顔を思い浮かべながら年賀状を書くことを楽しみにしている人もたくさんいるでしょうが私にとっては苦行です。

 そのため去年から吹き荒れる不景気の風によって仕事が暇になり以前より自由になる時間が増えたにもかかわらず、また例年通り暮れの押し迫った12月30日からぼちぼちと書き始めます。

 そして書き終わったのは大晦日の深夜になり年明けの元日にポストに入れました。これでまた今年も元日に届きません。遠方の方にはさらに数日遅れて届く事でしょう。

 書くというよりパソコンの年賀状ソフトで作って、葉書をプリンターにセットし印刷するだけです。図案が出来ればあとはあっという間の作業のはずです。

 喪中の人や既に他界している友達も数人います。他界した友人を住所録から削除するのはなんだか気が引けて、ずっとそのままにしています。そのため思い出に浸り、間違えて年賀状を出すとまずいなと考えているうちに時間が経過します。

 そして参考のため前年の年賀状を引っ張り出して眺めているとこれまたすぐに時間が経ってしまいます。 自分が書くことに比べると人が書いた年賀状を見るのは実に楽です。

 慌しいはずの年末にじっと座って年賀状を読んでいる私。なにか他にもやることは無いのでしょうか。大掃除とか。

 私だけが優雅な年末を過ごしているように見えなくもないため忙しそうな家族から何か文句を言われないかと内心びくびくしています。しかし一向に声がかかりません。多分私にかまっている暇などないのでしょう。家族してみると私がへたに家庭内をウロウロ動き回って邪魔するよりはじっとしていたほうがよっぽど楽なのかもしれません。

 誰に出そうかと住所録をプリントアウトした紙を見て考えていると去年私が出しているのに年賀状をもらっていない人がいました。そんなに深い付き合いでもなかったので今年はいいやと思い、ハガキ代ももったいないので今年は出さない事にしました。

 そして年が明け、正月から数日が過ぎてもポツポツと数枚の年賀状が届きます。年末ギリギリもしくは正月に書いた年賀状なのでしょう。私の年賀状も同じ頃に届いているはずです。その中に今回私が出さないことにした人からの年賀状も混ざっていました。

 しまった。やっぱり出しておけばよかった。と思いましたがこれから出すには遅すぎるような気がします。それに他の年賀状は既に出している人ばかりです。一枚だけ書くのも面倒くさくなったのでまた来年忘れずに出せばいいやと今回は出すのを諦めました。

 私は毎年百円ショップで買って来た年賀状ファイルにハガキを差し込んで一年に一冊年賀状だけのファイルを作って整理しています。ちなみにおととしの年賀状ファイルを見てみました。そこにはその人からの年賀状がちゃんとはさんであるではないですか。

 結局、私はその人とは互い違いに隔年で年賀状のやりとりをしていたのでした。

 来年は私の番です。

 © 2009 田中スコップ 
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