一言
ボールペン 2007.02.17

 普段はパソコンで文章を打っています。しかしごくたまに手書きで書かなければいけない場合があります。キーボードで入力して変換すれば簡単に漢字が画面上に出てきますが手書きとなると全くといっていいほど漢字の書き方を忘れています。

 ワープロという便利な物に慣らされてしまい私は手書きの能力が退化しています。

 自分の名前はさすがに忘れていないのですが、家族の名前を書くときは一瞬考えて、あれ、これでよかったかなと自分の記憶に疑問を持ってしまい自分が書く文字を信用する事ができません。意外と家族の名前を書く機会が少ないのに気が付きました。

 パソコンを置いている机の上には鉛筆立てがあります。それは短い缶コーヒーの空き缶をグラインダーで削って蓋を取りはらい、三個を束ねてビニールテープで巻いて止めています。空き缶を三個束ねると非常に安定性がよく、不意にぶつかっても倒れにくく中の筆記用具をぶちまけてしまう事があまりありません。

 しかも缶コーヒーの缶は口が狭いため三個束ねる事により小分けで筆記用具を立てることができ、口の広い鉛筆立てよりは目的の筆記用具を取りやすいです。いささか貧乏臭い鉛筆立てですが鉛筆以外にもドライバーや針金、チューブ入りの接着剤等もなぜか立ててあり非常に便利に使用しております。もし機会がございましたら一度空き缶リサイクル鉛筆立てをお試しください。

 間違わないようにあらかじめワープロで打ってプリントアウトした原稿を用意し、その鉛筆立てからボールペンを取り出します。キャップがいつの間にかなくなっているボールペンが出てきました。いやな予感がします。しかしインクはまだ十分にあります。もし書けないと困るので新聞の折込広告の裏に試し書きをしてみました。

 クルクルとらせん状に線を描いてみるとインクがまともに出ているようです。これならなんとか書けそうです。そして所定の用紙に書き始めました。しかし一番最初の自分の名前を書いている最中に早くもかすれてきました。いったいどうしたというのでしょう。私はかすれた文字からボールペンを離し、再度広告の裏にペンを走らせてみました。

 皮肉な事に広告の裏だとなぜか書けるのでした。今度は大丈夫だろうとかすれた文字の上をなぞって書き足していきますがすぐにインクが出なくなってしまいます。紙の質が悪いのかと少し力を入れて書いてみました。しかしいくらボールペンの先を用紙に押し付けて書いてもインクが出ないものは出ません。反対に紙のほうがボールペンの先によって削れてしまいます。

 やけになった私はさらにボールペンに力を入れて書いてみました。結局力を入れすぎてその用紙は破れて使い物にならなくなり、丸めて捨ててしまいました。そしてそのボールペンは広告の裏ですら書けなくなり完全にインクが出なくなったのでした。

 私はインクがまだたっぷりある書けなくなったボールペンを横に置き、違うボールペンを鉛筆立ての中から探しました。またもやキャップのないボールペンが出てきました。今度も書けないだろうなと思い一応広告の裏で試し書きをしてみました。予想通りインクは出てきません。このように書けないのなら書けないで最初から書けないとわかっているボールペンのほうが潔くて好感が持てます。

 こうして長い間ほったらかしにされていたボールペンはインクを使い切ることなくゴミ箱行きになってしまうのでしょうか。考えてみればインクを使い切ったボールペンは私の記憶の中にありません。あのボールペン達はいったいどこに行ったのでしょう。知らない間に消えてしまうボールペンの儚さを思いしばし感傷に浸っていました。

 しかしいつまでも物思いに耽っていては必要な書類ができません。また鉛筆立てを探してみました。残っているのは黒のノック式ボールペンと赤青緑の三色ボールペンです。私は黒のノック式ボールペンを手に取り書き始めました。

 私はもはや家にあるボールペンを信用する事ができず、あまりあてにしていませんでした。とりあえず書くという作業を始めました。

 しかし予想に反してインクの出が良く、なかなかいい書き味です。これは最後までもつかなと思い、ワープロの原稿を見ながら書き進めていきます。

 途中自分で原稿を書いたくせに手書きで書けない難しい漢字があり、自分で自分に文句を言いながらパソコンを起動してその文書のファイルを開き、フォントを拡大して確認しました。

 その難しい漢字を間違わないように丁寧に書くと他の文字よりも大きくなってしまいました。少し用紙を離して見るとその字だけ目立っています。しかし書き直すのは面倒くさいので続けます。

 書いていくうちに段々と調子がよくなり書くスピードが上がってきました。これは一気に書き上げることが出来ると少し嬉しくなってきましたが、幸せはいつまでも続きません。ボールペンの調子がまた悪くなり線がかすれてきました。

 あと少しなのに頼むからもってくれという私の願いも空しく、そのボールペンは書けなくなってしまいました。ボールペンの先に「ハー」と息を吹きかけてみたり、なめてみたり、ボールペンを分解してストローを咥えるようにして後ろから力いっぱい空気圧をかけてみましたがインクが出る様子はありません。

 私はかすれた文字をじっと見つめました。残っているボールペンは三色ボールペンです。黒色のインクが入っていません。途中から文字が黒から青色に変わるとみっともないのでこのボールペンは使えません。

 しかたがないので家を出て新しいボールペンを買いに出ました。また書けなくなったら困るので予備として数本買ってきましたが結局使ったのは一本だけでした。こうして書類はようやく完成し、少し気が楽になりました。文章を手書きで書くということは大変なエネルギーを必要とする作業です。私はワープロが無い時代の人は偉大だと感じたのでした。

 空き缶で作った鉛筆立てにいつ使われるとも知れない数本の新品ボールペンが自分の出番を心待ちにしながら今もじっと待機しています。


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