一言
転倒 2006.12.25
 私はバイクによく乗っている関係上、ごくたまに転倒することがあります。十五年ぐらい前、私は深夜に一人でバイクに乗っておりました。次の日の朝には会社に出勤しなければいけなかったので少しでも早く独身寮に帰って休まなければいけないと少々焦っておりました。対向車も少なかったので段々とスピードが上がっていきます。

 しかしヘルメットのシールドが透明でなく少し黒いサングラスのようになっていたので暗い夜道を走るには視界が悪く、あまり急ぐと危険です。数台の対向車が来たので私はライトを下向きにしました。そして対向車が過ぎても下向きにしたまま暫く川沿いの道路を飛ばしていますと、突然前方がカーブになっていることに気がつきました。ヘルメットのシールドが暗いのと下向きのライトでまったく前方の状況がわからないまま飛ばしていたのです。

 かなりのスピードが出ていたためブレーキをかけても間に合わずそのまま歩道の縁石にぶつかって転倒してしまいました。私はバイクから離れ、一体全体どちらが上でどちらが下かわからないほど転がっていきました。自分の力では制御のしようがなくどこかで止まるまで転がるしかありません。そしてガードレールの支柱にぶつかって止まりました。

 転がっている最中に断片的に見えた私のバイクも暗い夜道を火花を上げながら滑っています。

 ほんの一瞬の出来事だったのでしょうが私の記憶の中ではスローモーションになってかなり長い時間に感じられます。私はガードレールの側に寝転がったまま暫く呆然としておりましたが、おそるおそる体を動かしてみました。なんとか体は動かせそうです。

 私はゆっくりと起き上がりバイクに近寄ってみました。バイクはヘッドライトが点いていて横になったままエンジンが動いており、タイヤが回っていました。バイクもなんとか動かせそうです。私はあちこち擦りむいたり、ぶつけているはずなのですが興奮しているせいか不思議と痛みは感じませんでした。

 私がバイクを起こしていると対向車が一台やってきて止まりました。私の様子で転んだのがわかったのでしょう、私に声をかけてくれました。ボロボロの格好を見て救急車を呼んでやろうかと言ってくれたのですが自力で帰れそうだったので心配の言葉だけありがたくいただいてお断りしました。

 右カーブなのにどういう転び方をしたのかバイクは左側に転倒しておりました。左側にあるチェンジペダルが曲がり、ホイールとハンドルの端が削れていました。クラッチレバーは削れていましたが折れていないのでまだ使えそうです。

 曲がったチェンジペダルは車体に接触して動かせません。転倒前に入っていたギアのままで乗って帰るしかないようです。あと約10キロメートルぐらいの道のりをゆっくりと安全運転で帰りました。

 寮に帰って体を見るとジーパンの膝が破れて血が出ています。皮のジャンパーも肩の所が擦れています。私は膝にタオルを巻き、疲れた体を布団に横たえるとすぐに眠ってしまいました。

 翌朝、目が覚めて体を動かそうとすると、体中のあちこちが痛く、昨日の転倒直後より痛みが増しています。特に膝が腫れていて、足を曲げると激痛が走ります。昨日の晩はバイクを起こすことができたのだから骨は折れていないはずです。私は足を曲げないように不自然な歩き方をして仕事場に向かいました。

 あまり痛いと休みをもらって病院に行こうと思っていましたが、幸い痛みだけは段々と引いてきました。仕事場でも私の動きが不自然なのを不審に思い、興味半分で私に聞く人がいました。しかし私の職場はバイクに乗っていて転んだと言えば冷ややかな目で見られるような雰囲気の場所でした。私は適当に返事をしてお茶を濁していました。

 痛みがある程度収まり、我慢できないほどではかったので仕事には通っておりましたが膝の腫れがなかなか収まりません。数日の間、足を引きずって歩いておりました。そんなある日、寮に帰って入浴を済ませて部屋に帰り、膨れた膝に出来たカサブタを剥がしてみました。するとそのカサブタを剥がした所から少し赤っぽい液体がピューッと噴出し始めたではありませんか。私は畳の上にこぼれていくその液体を呆然と見つめるしかありませんでした。

 膝の皮膚の下に空間が出来て水ぶくれのようになっていたのです。膝が大変な事になっているようです。危機感を抱いた私はやはり仕事を休ませてもらって病院に行かなければと思いました。

 病院では医者からなぜこんなになるまで放ったらかしにしたのかと文句を言われました。膝の骨は何とも無いのですが皮膚の内側が化膿していて膝の皮膚の悪いところを切り取らなければいけなくなりました。

 後日、何でこんなに切らなきゃいけないのと思うほど膝の広範囲を切られた私は入院するはめになりました。

 今まで入院の経験が無かったので、入院するとただ寝ているだけで仕事をしなくて良いぞという薔薇色の夢を持っていました。しかし現実問題として切られた膝の麻酔が切れると痛くてどうしようもありません。少しでも姿勢を変えるとビクッと痛みが走るので病院の天井を見たままじっとしておりました。それに近くの患者さんがやたらと話しかけてくるので無視するわけにもいかず痛いのを我慢して受け応えします。

 ただ寝ているだけなのに全然楽ではありません。入院初日で逃げ出したくなりました。日が暮れて深夜になると痛みも段々と治まってきました。目を瞑って寝ようとしていると看護婦さんが突然巡回に来ました。

「どうですか? 痛くありませんか?」

 と私に話しかけてきました。少しは痛かったのですが面倒くさいので、

「大丈夫です」

 と答えましたが、看護婦さんは納得していない様子で、さらに私に声をかけます。

「痛いでしょう。痛み止めの座薬を入れましょうか?」

 早く帰って欲しかったので私は看護婦さんの提案を断りました。

「いやいいです。大丈夫ですから」

 しかし看護婦さんは私の言葉を聞こうとしません。

「座薬を入れておくと楽になりますよ」

「いいです」

「無理しなくもいいですよ。座薬を入れましょう」

 穏やかな押し問答の末、結局体の自由が利かない私が敗け、パジャマの尻を剥かれて座薬を挿入されてしまいました。

 私は膝が痛い以外はいたって元気なのですが、この入院が長引くと別のところも悪くなってしまいそうです。翌朝、私は耐え切れず松葉杖を借りて無理やり退院したのでした。

 膝に残る縫い目は今もバイク乗りの勲章として怪我自慢に利用されています。

 © 2006 田中スコップ
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