一言
ハナハダ簡単 2006.10.01
 それは 非常に寒い一月のある日曜日の朝のことでした。今でこそ私達の地域では消防出初式が屋内の会場で椅子に座った状態で行われていますが、今を遡る事十数年以上前では近くの中学校のグランドで行われていた記憶があります。記憶が定かではないので正確なところは自信がないのですが、寒風吹き荒ぶ中、長時間立っていた覚えがあります。

 幸い天気は良かったですが地面には霜柱が立って、歩くとジャリジャリと音を立てます。そして凍った鉄の部分に手を当てるとくっついてしまいそうな寒さです。私はそのとき消防団に入りたてで出初式の事を何もわかっていません。すぐ終わるだろうと思って、薄着でした。会場ではみんな消防の法被の下にジャンパー等の防寒着を着ています。

 消防団員全員が整列し寒さに耐え、黙って立って式典が終了するまで我慢しています。時折かかる掛け声、「気を付け」「休め」「頭中(カシラナカ)」の号令の通りに動きます。号令者が間違えて、「休め」の号令を言うのを忘れていても文句も言わず「気を付け」の姿勢でじっと立っています。「休め」の姿勢が特に楽な姿勢というわけでもなく「気を付け」でも「休め」でも不動で立っていなければいけないのはいっしょです。ただ式典が一分でも早く終わってくれるのを祈るだけです。

 外気温が低いので吐く息が白く目に見える状態なので、息が臭い犯人が特定されてしまいます。普段気にしない呼吸というものが意識され、自分から出た白い息が風向きによっては前の人を覆う場合もあり、迷惑がられてはいないか心配なので呼吸を意識的にゆっくりにしたり、煙突のように頭を少し上に向けて息を上方に出したりします。しかし体の位置が変わらず息が向かう方向は風任せなので少々小手先の技を使ったところであまり変わりません。変な呼吸をしている自分のほうが挙動不審でおかしいです。

 出初式での来賓の挨拶が始まりました。来賓は仮設テントの下に置かれたパイプ椅子に座っておられました。その中の一人に話を始めると長い議員の方がいました。その議員様が名前を呼ばれ、ご高齢ではありますが着実な足取りで壇上に登っていかれます。「カシラナカ」、「休め」と号令がかかったあと、議員様が話し始めました。

 最初は

「寒い中、早朝にもかからずご苦労」

 みたいな当たり障りのないことから始まります。何も知らない私はそういう言葉でさえ議員様の貫禄のようなものを感じ真面目に聞いておりましたが、時間が経過するにつれ少し様子が変わってまいりました。長々と道路等の公共工事の計画やらご自分の議会での仕事を発表しておられます。ご自身の宣伝ならよりによってこんなに凍えそうな場所で時間を割いて言わなくとも、他にも発表の場はあるはずです。消防団員で興味を持って聞いている人はほとんどいません。気候が良い時ならまだ我慢が出来るのですが、あまりにも寒いうえに不動の姿勢を保った状態というのは時間がものすごく長く感じます。

 地面からの冷気が靴底を通って段々と上に昇ってくるようです。私は耐え切れず少しだけ足踏みをしてしまいました。他の団員を見ても時々少しだけ体を動かしているようです。足が冷たく、厚い靴下やタイツ等の防寒用下着を着用してこなかったことを後悔しました。

 ようやく議員様が

「最期になりましたが」

 と話をまとめに入りました。やっと終わってくれるとホッと胸を撫で下ろしたのですが、そこからが更に今後の事業計画だとかあまり興味を持てない話の始まりでした。ご本人は気が付いておられるのかどうか分かりませんが、ご自分が強調して言いたいところは何度か元に戻って同じ事を言っておられます。さすがに政治を志している方は一つの事柄に対していくらでも長く語る技術を持っている人なのだなと感心しました。それにしてもご本人は寒いのが平気なのでしょうか。

 周りを見渡して他の団員達の表情を見てみますと、表情から生気が消え、

「早く終われ」

 とテレパシーを送っているように見えます。話なんか聞いていないようです。私もこれを書いていて話の内容はなんだったかなと具体的に思い出そうとしたのですが、話を聞いていないものだから思い出すはずはございません。

 相当の時間が経過しやっと議員様は、

「はなはだ簡単ではございますが挨拶と代えさせていただきますが、お身体等には十分お気をつけて地域のため消防団活動にいそしんでいただきますよう切に願うしだいでございます」

 と簡単ではない挨拶を終了されたのでした。

 号令者もどこで話が終わりになるのか判断に困っていたのでしょう、話が終了して暫く間が空いた後、

「気を付け」

 と号令をかけおもむろに全員が動きます。体が冷え切り、休めの姿勢で体が硬直していたので足の感覚が鈍くなっています。地面を踏んでいるのが自分の足の裏ではないみたいです。

 ご高齢の議員様は仮設テントに帰り、パイプ椅子に座りました。

 その方は議員定数と候補者数が丁度同じであったので長らく無投票で議員を続けておられたのですが、数年後落選されました。選挙が終わって普通の人に戻り、杖をついて歩いている姿を見ると急に老けてしまったようでとても小さく見えました。壇上に立って話をするのが生きがいだったのかもしれません。

 © 2006 田中スコップ
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