一言
傘おばさん 2006.08.27
 
 これも私が学生時代の話です。横浜駅のホームでの出来事です。

 なぜ私が横浜駅にいたのか忘れてしまいましたが、どっちみちたいした用事ではなかったと思います。とりあえず何もすることがなく、いつものように無計画に横浜まで足を伸ばして都内の下宿まで帰るところだったのではないかと思います。

 秋の夕方、少し暗くなりかけている駅のホームで私は電車を待っておりました。するとどこからともなく演説の声が聞こえてきました。その声は明らかに女性の声でしたが少ししわがれた声で、若い女性ではないようです。私は誰が駅の構内で大声を張り上げているのか、声のする方を探してみますと向かいのホームの端っこで何かを主張している人を見つけました。

 私はどんな人なのか興味が湧いてきて野次馬根性丸出しで見に行ってみることにしました。その人は痩せた初老の女性で、薄汚れた格好をして骨が1、2本折れてブラブラしている閉じたビニールの傘を高々と持ち上げ演説しているのでした。

 向かいのホームの乗客はその女性を避けて歩いています。天に向けたビニール傘を水平に振られて怪我をしては困るのでしょう、近くに人は寄り付きません。私が立っているこちら側のホームでも特にその演説を聞いているような乗客はいません。みんな気にしていないのか、関わり合いになるのがいやなのか、ただ電車が来るのを待っているだけです。

 線路を隔ててはいますが私は何食わぬ顔をして近くまで行って何を言っているのか聞いてみました。どうも政治的な主張をしている様子ではありません。そのおばさんは、

「私の財布の中には、只の十円しかない! そうです私は十円しかもっていない!」

 と喚いています。そして同じ事を何度も繰り返して言っています。自分の所持金を駅のホームで声高に発表してどうするのでしょう。金が無い自分の鬼気迫る演説を聞かせると周りの人が援助してくれるとでも思っているのでしょうか。それにしても十円しかなくてこの駅からどこに行くというのでしょう。入場券を買って駅に入ったのでしょうか。最短区間の切符を買うくらいなら自動販売機で缶ジュースを買ったほうが少しでも腹の足しになります。

 精神的に破綻をきたしているのでしょうか。おばさんの主張は悲しいほど同じことばかり言っています。おばさんは他に行くところは無いみたいで向こうのホームに電車が来ても乗らずに演説を続けています。こちらのホームにも電車が来たので私はその電車に乗って帰りました。遠ざかる横浜駅のホームの端に立って演説を続けるおばさんが段々と小さくなって見えなくなりました。

 かわいそうだとは思いますが財布の中身を大声で発表しただけでは周りの人もどうしていいかわかりません。やはりお金が無いなら無いなりに危険なビニール傘を振り回さずに近づきやすい雰囲気を整える事が大事だと思います。そして空き缶か手ごろな空き箱を拾ってきてそれを前に置き主張を発表すると五百円ぐらいはすぐに集まるでしょう。

 街頭で偽善的に寄付をつのってその金を着服するとたいていの人は腹を立てますが、開き直って潔く自分は金が無いので集めたお金はすべて自分の為に使うと主張すると意外に好感を持たれお金が集まるかもしれません。

 あの演説作戦というのはいい考えですがもう少し工夫するとあのおばさんも敬遠されずに集金効果が上がったのかもしれません。私がもしおばさんの境遇であれば演説だけでなく歌等を入れてもう少し楽しい雰囲気を作り、観客が味方になるような演出でやってみたいと思います。やりたくないですが。

 
 © 2006 田中スコップ
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